第8話

 朱里はあらかた話終えると、階段の踊り場にあるドアノブに手をかける。

 階段を上っている途中にいくつかのドアが見えたが、朱里はそこには立ち寄らず、ずっと階段を上っていた。

 ドアは少し重たい音をたてたもののすんなりと開き、開いたすぐ近くには大きな機械が立ちはだかっている。

 一体ここはどこなのかと少し頭をずらしてみれば、さらに向こうには417号が開けたドアが見えた。

 417号が朱里を通り越して床を這う無数のコードを跨ぎ潜りながら部屋を見渡し、その後ろからドアを閉めた朱里が続く。

「いつも俺はここに荷物を運びこんでいたんだ」

 そういって朱里はあたりを見回しながら壁にあるスイッチを押した。

 417号が開いた日の光だけでは部屋の中は薄暗く、朱里がスイッチを押せば天井につけられている蛍光灯が瞬きながら点灯しあたりを照らす。

 部屋の中を見渡す朱里は自分が最後に見た部屋の光景とはまるで違う風景に眉を顰めた。

 片付いているとは言いがたい部屋ではあったが、それなりに物は分かりやすくまとめられている部屋だった。

 しかし目の前の部屋は本当に廃墟の一部と化し、何か争いごとがあったかのようにガラスは割れ、あらゆるものが散乱している。

 417号は朱里がクジラを探している間、部屋の中にある自分の体の一部と似た構造をした腕や足を眺めていた。すると突然朱里が大きな声をあげ、417号は声がしたほうへ歩き出す。

 ぼんやりと突っ立っている朱里の視線の先を見れば、そこには突っ伏した状態で動かなくなっている人がおり、417号はじっとその人物を見つめた。

「生命反応が無い。これは起動前なのか?」

「起動前……。そうか、お前は機械だからな。違う、この人はもう死んでいるんだ」

「死、オレにはその言葉と意味が分からない。これがクジラか?」

 首を傾げて聞いてくる417号の言葉は朱里を少し驚かせていたが、機械なのだから仕方が無いと考えることにして死体を眺める。

 それがクジラなのかと聞かれ朱里はそうだとはいえないでいた。

 なぜなら目の前の死体はすでに干からびており、それだけならば判別もついただろうが、ひどく顔面がつぶされている。誰かということを判別するのは難しい状況。

 他の部位は服の下に隠れておりよく分からないが、服から出ている手や足の部分も干物のようになっていた。

「わからないのか?」

「こんなになってしまっていては俺にはこれがクジラだと断定はできない」

「だが、先ほど朱里が聞かせてくれた話の内容を考えれば、ここにはオレとクジラ以外はいないはず。オレがここに居て、もう一人がここに居る。だとしたらコレはクジラだろう? 違うのか?」

「いや、確かにそういわれればそうなんだけど、いくら乾燥地帯のジャリアスだからといってここまで干からびるものかと思ってね。しかもあれを見てみろ」

 朱里は部屋の隅にある小さな台所スペースにある山積の箱を指差す。

「あれは俺が最後に運び入れた食料や備品だ。あの時、クジラの家にあった食料はどんなにもたせたとしても四日がいいところだった。箱の封も切らずにそのままってことは、あれから四日以内にはクジラに何かあったのは違いないがこんな風に死んでいるなんて。まぁ、これがクジラならばの話だけどな。ミイラ状態なのにつぶれていると分かる顔面、この死体の顔はもともとつぶされて干からびたのかもしれない」

「クジラであるといえる特徴は無いのか?」

「特徴って言われてもな、クジラは自分のことはほとんど話さなかったし、よく目にするところに黒子とかあれば別だけどそんなものは無かった。ただ、来ている服は見覚えがあるような気もする」

 朱里はこの死体の存在と、あたりの惨状からおそらく自分と接触した後、クジラに何かあったのだろうと思ったがどのような事態がここであったのかは想像できずにいた。

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