第6話

「中々難しいけど、ここまではわかったか?」

 自分の話に言葉を挟むことなく後ろからついてきている少女に、振り返りながら朱里が聞けば、少女は朱里が立ち止まって居る場所まで、やってきて瞳を見つめてこくりと頷いた。

「今までの話は全て保存した。理解している」

 機械的な答えに、朱里は少し困ったように笑う。

「そういう時はさ、『覚えたよ』とか『分かった』でいいんだよ」

「そうなのか。うん、なら『覚えたよ』」

「なんだろうなぁ、なんかぎこちないというか。やっぱり機械だからなのか?」

「……オレは、人ではないから駄目なのか?」

 少し影が差すような少女の表情と言葉に、朱里は戸惑いながらも「いや。そんなことないな、すまない」と小さく謝って再び話し始めた。


 俺の階級ヴァイスは商売する権利を与えられていて、Dドライブの俺には全ての商品の販売権利があり、全てのプレートに移動可能なパスが与えられている。

 上の階層に行くパスは当然いるんだが、実はこのジャリアスに来るにもパスがいる。通常は下の階層に行くのにパスは必要ない。

 ただ、ジャリアスは別なんだ。さっきも言ったがジャリアスには貴重な資源がある。横取りされてはたまったものじゃないからな。

 各階層に設けられたゲートでパスを入れ、確認することで天蒼以外の者がそれを手に入れないようにしているんだ。

 俺は週に一度、最下層のジャリアスに物品の販売に来る。ジャリアス全ての住人と取引するわけではなく、商人ごとに取引相手は決まっていて、その取引相手を決めているのはクシアの連中だ。

 商売の方法は、予め、取引相手のアリュートから欲しい品のリストを送ってもらい、それを揃えてジャリアスで取引する。

 そして、俺の顧客の中に「クジラ」が居た。

 もう何ヶ月になるか、かなり前の話だ、事前に貰った注文リストがいつものリストと違い、食品の量が増え、半導体や今まで受けた事の無い注文が多かった。

 ジャリアスに物資を届ける方法は二種類。

 マトラを通って地上から届けるか、空から飛空艇で届けるか。

 殆どの連中は地上を通るのは危険だから上空から行くんだが、俺の顧客は上空からの運搬が難しい連中が多くてね、俺は地上から行くんだ。

 アリュートたちは発掘作業以外の時は廃屋を改造し、マジブに侵入されないようにした家に住んでいる。

 ただ、改造した場所や地上から高い場所に住処を構えられるのはまだましな方で、俺の顧客は改造もしていない、地表近くを住処として働く連中が多かった。だから、空から行くより地上からの方が効率良かったんだ。

 そんな顧客が多かった俺だが、クジラは特別だった。

 とびぬけて大きなこのビルに住み、ビルのほとんどを改造してしまっていた。

 ここまでの改造が出来る奴なんて始めてみたよ。

 それに、何処となく犯罪者という雰囲気はなくって、怯えるような瞳だが、死んだような眼ではなく、使う言葉はとても丁寧だった。

 初めて会った時にこいつは俺よりずっと上級層に居た奴だってなんとなく感じたしね。

 で、数ヶ月前に俺は荷物をビルに運び込んだ。

 「クジラ」は通り名だ。

 アリュートはほとんどが偽名を使う。何故偽名を使うのか、本当の所はわからないが、ジャリアスは罪人の流刑地。罪人ばかりの中で本名を名乗りたくなどない、という思いがあったんじゃないだろうか。

 クジラは余り人と交わる事が好きじゃなくて、アリュートの連中とは一度たりとも口をきいたことが無いらしい。気難しそうだと思っていたが、物資を運び出して四回目ぐらいの時、珍しくクジラの方から話しかけてきた。

 現在のプレートはどんな感じなんだという世間話に似た話から、徐々に自分の話をし始める。

 全くそうは見えなかったけど、クジラはまだ五十六歳で、元々は研究者等の専門集団「Bドライブ」に属していたんだが、理由は教えてくれなかったけど十八年前に「アリュート」に落とされたらしい。

 言葉使いが丁寧なはずだと、俺がクジラに想像していた通りだったといえば、クジラはそうかって少し優しい笑顔を向けてきた。

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