第3話

「いらない。これはお前のだろう」

「要らないって、何もないって言ったのはお前だろ、良いから着ろ。じゃないと俺が困るんだ」

「何故お前が困る? 動悸が激しい、何かあるのか?」

「何故でも何でもいいから着ろ」

「命令か?」

「命令というより、お願いだ。頼むから着てくれ」

「なんだかよく分かないが、分かった。着る」

 顔をそらし腕組みをしている人を眺めれば、瞳の中でその人の鼓動と体温の上昇が分析され、激しく心臓が動き、血液を送り出す様が見てとれる。

(興奮しているのか? 逃げたいのか? それとも、怒っているのか?)

 人という物、生物に対峙するのは初めてであり、分析結果を見ただけではその感情までは分からない。

 ただ、分かるのは今の自分の姿が原因だという事だけ。

(そうか、裸というのはおかしいのだな。裸で居てはいけないという事)

 突き返した手を自分に引き戻し、先ほど目の前の人が来ていたように複雑な布地を何とか羽織った。

「着た。これならいいのか?」

「前、ちゃんとファスナー閉めろよ」

「……お前は閉めてなかった」

「俺はシャツを着ているだろ、だから良いんだ。お前は何も着てないんだからちゃんと閉めろ。ったく、何なんだよ、お前は」

 なんだか理解できない理由だったが、閉めろと言われたのでファスナーを閉め、少女はどうだと見せつけるように顔をそらす人の視線に入り込んで言う。

「オレはPROTOTYPE417」

「PROTOTYPE……。って、じゃ、クジラのオヤジがやったのか?」

「クジラ? 何のことだ?」

「クジラはクジラだよ。お前を作った人の名前、居ただろ? このビルの中に」

 少女は首をかしげて人を見つめ、言っている意味が分からないと眉間に皺を寄せた。

 居ただろと言われても思い当たる者は無い。

 目覚めてここに来るまでに自分のシステムを使って検索しても生命と呼べる存在には行きあたらなかった。

(クジラ、その人がオレを作った。でもここには居ない、作って何処かに行ったのか。オレは作られた……、何故、それをこれは知っている?)

 じっくりと、目の前の人の存在を確認し、少女は視線をその人の瞳に向けたままゆっくりと口を開く。

「お前、オレに誰かと聞いておきながら、自分は誰かと明かすつもりはないのか」

 少女の言葉に人はムッと口をゆがめ、片眉を上げて不機嫌そうに口を動かす。

「朱里だ。俺はここのビルに住んでいるクジラのオヤジに一週間に一回食料を運んでいる。一ヶ月以上前に食料を運びに来たら暫くは近づくなって言われて、必要になったらクジラの方から連絡があるはずだったんだ」

「朱里、お前は朱里。オレはPROTOTYPE417。クジラは誰? ここはナニ?」

 指を差し、確認するように言葉にした少女は、最後にクジラという人物だけ指させないことに首を傾げ、この場所が何なのか考え込むと朱里は、少女の手を取り、ビルの外周に沿うようにして歩き話し出した。

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