第二十七章 裏田悠一

第261話

 最後に残ったのはアイスランド語なのだが、発音が複雑すぎて聞き取ることができなかった。

 ルーン文字について書いたウェブページによると、ゲルマン民族の大移動が終わりを迎えた後、キリスト教と共にラテン文字が北欧に広がってルーン文字が使われなくなったそうだ。古い言葉の中にはラテン系の言葉に入れ替わったものもあるようだ。

 アイスランドにはスウェーデンやノルウェーよりも更に古い言語が残っているのだろう。

 とにかく、ミミルや俺が話しているエルムヘイム共通言語は北欧の言葉に類似点がある。恐らくノルウェーやスウェーデンの言語ということで良さそうだ。


「ミミルは便宜上、スウェーデン出身ということにしないか?」

「ミミル、こくきない。嘘つく?」

「まあ……そうなる。娘であるということ、スウェーデン出身であること、インターナショナルスクールに通っているということ。たぶん、このあとも嘘は増える」


 ミミルの表情が少し歪む。嘘を吐くことへの嫌悪感のせいだろうか。


「そう嫌そうな顔をしないでくれよ。確かに嘘を吐くのは褒められたことじゃないが、物事を丸く収めるには嘘を吐くほうがいいこともある。日本では〝嘘も方便〟というんだが……」

「嘘つかない、どうなる?」

「最悪の場合は……俺たちは離れ離れにされて、二度と会えなくなると思う」


 法律の専門家じゃないから入国管理法に基づいて云々かんぬんと説明することはできない。

 想定できるのはミミルが入国管理局に保護されるであろうこと。その先で地球外生命体であることが判明すればどうなるかはわからない。


 ミミルの表情が変わった。

 先ほどは俺に嘘を吐くように言われて明らかな不快感を表情に出していたが、いまは決意にも満ちた力強い目つきで俺を見つめている。


「……ミミル、しょーへいのはんりょ」

「わかってくれたか……」

「ん、ダンジョンも守る」

「そうだな」


 ミミルにとって、ダンジョンは自分とエルムヘイムとの唯一の接点。それに、エルムヘイムに戻れないにしても、地球に繋いでしまったという責任も感じているはずだ。


「ミミル、しょーへいの娘になる。いんたーななるすくーるに通う。すーでんの出身。他ある?」

「そうだなあ……誕生日はあるか?」

「七の月の十七日」

「そ、それはまた……」


 この街で最も有名なお祭り……その中でも祇園祭の山鉾巡行が行われる日じゃないか。


「しょーへい、どうした?」

「いや、お祭りの日に重なるなと思っただけだよ」

「誕生日、嘘つく?」

「いや、その必要はないよ」


 誕生日くらいは正直に言えばいい。特に祇園祭のメインイベント――山鉾巡行の日だから全員が覚えるはずだ。

 夏休み真っ最中に生まれた俺とは違って、皆に祝ってもらえるようなものだ。正直、羨ましい。


 さて、女子が話題にすることと言えば、あとは血液型かな。


〝血液型分布 北欧〟


 キーワードを入れて検索すると、期待した結果を掲載したサイトが表示された。


「血液型を訊ねられたら、O型と答えてくれ」

「けつえきがた?」


 ミミルの様子を見ると、個々の名詞の意味はわかるが、組み合わせたものになるとわからない……といったところだろうか。


 一応、北欧ではA型とO型が多いようなので、俺と同じA型よりもO型ということにした方がいいかと思ったのだが、エルムヘイムには血液型の概念が存在しないようだ。


「そう。人間の血には四つの型があってね、違う型の血液を混ぜ合わせると固まるという性質があるんだ」

「……血、放っておけば固まる」

「いや、そうではなくて……怪我をしたりして血を流しすぎると死んでしまうから、他の人の血を分けてもらうことがあるんだ。輸血と言うんだけどね」


 エルムヘイムでは輸血という治療方法はまだ存在しないのだろう。

 思いっきり俺の専門外だけど、知ってる範囲で教えよう。


「――A型、B型、AB型、O型。代表的なのはこの四つで分類する方法。同じ血液型同士、またはO型なら混ぜても固まらない。A、B、ABの間で混ぜると血が固まるんだ」

「ほー」

「他にもRH型だとか、細かくあるらしい」

「ミミルにもある?」

「どうだろうなあ……」


 血液型を調べるなら献血に行けば済むが、見た目が十一歳くらいしかないミミルは検査してもらえないだろう。身分を証明するものもないから仕様がない。

 何よりも、とんでもない血液検査の結果が出る可能性があるので連れて行きたくない。


 考えてみると、俺はミミルの身体のことを知らない。


 俺たち人間と同じような内部構造をしているのか……例えば心臓は身体の左側にあるのかだとか、その構造が二心房二心室なのか、血の色は赤いのか……だとかだ。まあ、身体の色素が薄いミミルの目の色を見れば赤い血が流れていることくらいわかるけれども……。


「それを調べるだけでも、またミミルと俺は離れ離れになることになるな……」

「……」


 またミミルの目に涙が溜まり、潤み始める。

 あれも駄目、これも駄目……ミミルに制約ばかり課すのはどうしたものか。

 ストレスを溜めて爆発させそうな予感がする――何かガス抜きを考えないとな……。

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