第260話

 慌ててキーボードを叩いて「インターナショナルスクールとは」で検索をかける。

 数秒もかからずに検索結果が表示され、その中から求める情報が掲載されているサイトを探しだす。


 インターナショナルスクールは日本の学校教育法に定められるには該当しない。

 だから、インターナショナルスクールの在学中か卒業後に高校卒業資格を取得する必要があるということらしい。


 国籍の問題もあって、インターナショナルスクールに入学するのも難しいと思うが……。


「ミミル、もし学校はどこに通ってると質問されたら、インターナショナルスクールに通っていると答えてくれ」

「な、なぜ?」

「国籍がないのでミミルは一般の学校に行けない。でも、非常に残念だがミミルの見た目はその……見た目は子どもだから、近所に住む人たちに怪しまれることになる。それはとても都合が悪いんだ」

「むう……」


 こうなるとミミルに嘘を吐かせることになるのが非常に心苦しいのだが、無学な俺の頭では他にいい案が思い浮かばないので仕様がない。


 ミミルはおとがいに細く白い指をあて、思案気な顔で視線を宙に漂わせると、すぐにその視線をこちらに向ける。


「仕方ない、インターナョナルスクール通う、する」


 嘆息の後にミミルが返事をくれた。そして、少し潤んだ目で俺のことをジッと見つめ、言葉を続ける。


「……むすめ、わかった。他にある?」

「じゃあ、ミミルは俺の娘で、年齢は十一歳。インターナショナルスクールに通う女の子。出身は……まだ、考えてなかったな」

「しゅっしん?」

「地球上のどの国から来たかってことだよ」

「……ん、字よめる国ある」


 そういえば、ミミルは図鑑に掲載されているルーン文字が彫られた岩の内容を読み上げていたんだっけ。

 あの石碑は確か……ノルウェーだったかな? とりあえずスカンジナビア半島の方に多く存在したはずだ。


「図鑑を出してみてくれるかい?」

「……ん」


 確認するためにまた北欧神話について書かれたページを開く。

 ルーン文字が彫られた石碑の説明を確認すると、やはりノルウェーで発見された石碑のようだ。


「何か違和感を感じるんだよなあ。とても大事なことを見逃しているような……そんな気がする」


 唸り声を上げながら、両腕を組んでルーンの文字が刻まれた石版を見つめ、無い知恵を絞り出す。

 千年以上前に用いられていた文字であり、言語だ。

 いま、この地域で用いられているのはラテン文字と地域に応じた追加字。一部アイスランドでは残っているが、いまではラテン文字に置き換わったと言っていい。


「――ん?」


 ルーン文字がラテン文字に置き換わったということは、言葉そのものは残っている可能性がある……ということか?


「しょーへい、どうした?」

「いや、少し思いついたことがあって……」


 急いで別ウィンドウで翻訳サービスを開き、日本語から翻訳する言葉を探すが、いい言葉が見つからない。


〝今日、ミミルは自動車に乗ってお箸を買いに行った〟


 駄目だ。自動車という単語がエルムヘイム語にない。お箸もそうだ。


〝ミミルは鶏の唐揚げが好きです〟


 唐揚げなんて言葉、エルムヘイム語にない。

 気持ちばかり焦っていい言葉がでてこない。


〈ミミル、何かこう……エルムヘイム語で翻訳するのにいい言葉はないか?〉

〈ここに書いてある言葉でどうだ?〉


 ミミルはネットで検索したルーン文字の解説ページに表示された石碑を指さす。先日とは違う石碑だ。


〝þᚢᚱᛏᛋᚨᛁᚾᚲᛁᚨᚱþᛁᛁᚠᛏᛁʀᛁᚱᛁᚾᛗᚢᚾᛏᛋᚢᚾᛋᛁᚾᚨᚢᚲᚲᚨᚢᛒᛏᛁþᛁᚾᛋᚨᛒᚢᚨᚢᚲᚨᚠᛚᚨþᛁᚨᚢᛋᛏᚱᛁᚲᚨᚱþᚢᛗ〟


 ルーン文字をエルムヘイム語で読み、それを俺が日本語にする。

 その日本語の内容を北欧、西欧の言葉に機械翻訳して元のエルムヘイム語に戻れば、その国の言葉がエルムヘイム共通言語に近いということになる。


〈何と書いてあるんだい?〉

〈オルシュタインは息子のエリンムンドを偲び、東のガルザール――は地名か? 東のガルザールで稼いだ金でこの地所を購入してこの石を建てた……と書いてある〉

〈ありがとう〉


 日本語にした内容で機械翻訳に掛ける。西欧の多くの国に散ったゲルマン民族の言葉を中心に機械翻訳し、読み上げさせる。

 エルムヘイム共通言語として俺とミミルが理解できれば、ミミルをその国出身としてしまうのが楽だ。


〝オルシュタインは息子のエリンムンドを偲び、東のガルザールで稼いだ金でこの地所を購入してこの石を建てた〟


 最初はドイツ語。ゲルマンが国名になっているくらいだから可能性は高い気がして期待したのだが、かなり違う言葉になっている。

 オランダ語、デンマーク語ときたがやはりエルムヘイム共通言語として理解しようとしてもわからない。次に、スウェーデン語に翻訳させて音声読み上げさせると、とても似ている言葉であることはわかる。一部は理解できるほどだ。そして、最後にノルウェー語に翻訳してみると、スウェーデン語と同じくらい近い言葉になって耳に入ってきた。


 こりゃ、ほぼノルウェーとスウェーデン語の中間くらいって感じだな。

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