第259話
〝おや、とても美しい娘ではないか。
お前は異世界の人なのか。
どのように渡ってきたのかは知らないが、我が子孫と
だが、言葉の壁は大きいから、少し助けてやろう。片言くらいなら話せるようになるはずだ。
くれぐれも仲良く暮らしなさい〟
整理して現代語にしてメモに書き起こし、ミミルのために読み上げた。
「おー」
「ああ、これは驚きだな……」
ミミルが聞いたという言葉を現代語化した結果、どうやら俺の先祖がミミルに日本語を喋れる能力を与えたと言っている。
場所や話し言葉の内容などを考えるとその先祖は菅原道真なのかも知れない。
平安時代といえば、
とにかく、神社にダンジョンの残滓がある点で現代の日本人にはまだ理解できない
十日前の俺なら今回のミミルの身に起こった変化を受け入れることができないだろう。
庭にダンジョンができて、ミミルという異世界人と知り合い、自分自身も魔法を使えるようになったから信じられる。
だが、こんな出来事を誰かに話して、誰が信じてくれるだろう……。
「しょーへいのせんぞ、かみさま」
「本当にそうなのかも知れないな……」
神と崇められる人を先祖に持つ以上、俺の両親、親戚は神道を自分の宗教としている。その結果、何かの行事があれば必ず菅原道真を祀る神社に連れて行かれていた。
それが嫌だったのかも知れない……いまの俺は無神論者であり、無宗教だった。
でも、こんな出来事があれば信じるしか無い。明日から近くの天満宮に毎朝……できる限り、挨拶に行くことにしよう。
「まだ納得いかないところはあるが、次にミミルがどの程度まで話せるようになったか……ということなんだけど」
「にちじょうかいわ、できる」
「ほえ?」
「おふろでかくにんした。ぎのうに〝日本語Ⅱ〟ついてた」
なるほど、既にスキルカードで確認したということだな。
なら話は早い。
「じゃあ、会話は日本語Ⅲに、読み書きも学んで日本語Ⅴを目指そうか」
「……ん、そのつもり」
俺もそうだが、知識として流れ込んできた単語が多数あって、実際のモノの名前とまだ紐付いていないことがたくさんある。
俺の場合だと、ダンジョン内の植物や魔物の名前は知っていても、実物を見てそれが何かわからない状態だ。ミミルも地球上で見たものと名前の紐付けができていないものがたくさんあるだろう。
「わからないことは遠慮せずに俺に訊いてくれればいい。とはいえ、俺のわかる範囲でしか答えられないが……」
最後のひと言は少しバツが悪いが、俺の知識などたかが知れているので、本当に知っている範囲だけになってしまう。
「しょーへいがわからないこと、じぶんでしらべる」
「そうしてくれると助かる」
それはそうとして、明日の話をしておかなければいけない。
「ところで、明日から従業員が出勤してくる」
「……ん、きいた」
「名前は裏田悠一。俺よりも五歳年下の男性で、主に俺と一緒に料理を担当する」
「ん、うらた、ゆーいち」
口に出すことで名前を覚えたのだろう。
さて、ここからが大事な話だ。
「俺は裏田君にミミルを娘だと紹介しようと思ってる」
「――!?」
ミミルが驚いたような顔をしている。何も言わないところをみると、言葉を失ってるって感じか?
「ど、どうした?」
「ミミル、しょーへいのはんりょ……ちがう?」
「ミミルは俺の伴侶だよ」
共に歩み、生きていくという意味で伴侶だ。だが――
「日本ではミミルを紹介するときに俺の伴侶だと言うと、妻だと勘違いされる。でも、この国の法律では十五歳未満の女性は結婚できないんだ」
「ミミル、百二十八歳」
「う、うん、そうだな……でも、人間は見た目に影響されやすい生き物なんだよ。だから、外見は十一歳くらいのミミルを俺の妻ということにしてしまうと……」
明らかに全世界を敵にすることになる。
「……しまうと?」
「いや、ミミルは地球上のどの国にも所属していない――戸籍がない立場だから、そもそも結婚ができないぞ」
「――え?」
「結婚するときに国に届けるんだが、国籍がない人との結婚は受け付けてもらえないんだよ」
「……」
俺の説明を聞いて、みるみる涙目になっていくミミル。
別に俺と結婚したいというわけでもないだろうに……でも、運転免許も取れないって話をしたし、やはり国籍が無いというのがミミルにとっては色々と障害になるってことに気づいたのかな。
「他にも学校に行けないという問題があるし……」
「ミミル、こどもの学校いく?」
「あ、いや、その必要はない」
できればミミルの学力を調べたいとは思うが、実年齢が百二十八歳のミミルを小学生の中に入れて勉強させるのは無理がある。
でもインターナショナルスクールだったらどうだろう。
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