第133話(ミミル視点)
ダンジョンの中、空を飛ぶのは実に気持ちがいい。
どこまでも高い空に、眼下には蒼茫たる草原。空気はカラリと乾いているが気温は快適だ。
――確か、こちらの方向だったはず。いや、こっち?
ダンジョン第二層の入口は巨大な神殿跡のような場所にある。
このダンジョンを攻略したときは斥候のエオリアがその特技を生かし、各層の出口の方向を探っていた。
そもそもこのダンジョンはイオニス帝国の領域内にあり、私たちが攻略してしまえば中に入ることもない。その前提でエオリアが出口の方向を探りつつ前に進んでくれるものだから、私は出口の方向を覚えていないのだ。
確か、入口付近がキュリクス、次がブルンへスタの領域になっていた。
ただ、ブルンへスタがいる領域は二つある。さて、どちらの方向だったか……。
とりあえず、こっちに行ってみるか。
遠くにブルンへスタが見えた方向へと向きを定め、背中の羽で空を飛ぶ。
第二層の場合、出口方向の目印になるのはブルンへスタがいる領域の向こうにある川と中洲。攻略する際、この第二層で野営した場所だから覚えている。そして、草原では魔物がいる領域が明確に別れていて、その境界線上には必ず楡の木が生えているという特徴がある。入口と中洲に生えた楡の木を結ぶ直線上にある楡の木を追っていけば、出口が見えるはずだが……。
どうやら飛ぶ方向を間違えたようだ。
結局、入口を中心に魔物の領域二つ分程度の距離を飛び、川と中洲を発見した。急いでその上空へと移動し、風下にある入口に向かう。ダンジョン内の風は常に入口に向かって吹いているので間違うことはない。
入口上空に戻ってくると、入口付近に椅子に座って居眠りしているしょーへいが見えた。
私がこんなに働いているというのに、いい身分だ。
ここは入口がある祭壇なのでキュリクスに襲われることはないが、本当に呑気なことだ。
背中に展開した魔法の羽で滑空し、最後は羽ばたいて速度を落として着地する。
羽ばたく音も大きいと思うのだが、この程度ではしょーへいの目は覚めないようだ。
〈ふむ……〉
出口の方向を再確認し、しょーへいへと視線を向ける。
相変わらず呆けたような顔で気持ち良さげに眠っている姿を見ると、少し腹が立ってくる。
これまでもしょーへいからは違和感のようなものを感じていたのだが、この危機感が一切感じられない雰囲気で確信した。
しょーへいは、ダンジョンで戦うということの意味を完全には理解していない。どこかまだ夢の中にいるような気分なのだろう。
だが、ダンジョンは甘くない。
エルムヘイムではダンジョンでの死者は毎年千人を超えるし、事故を加えれば数万となる。
その原因の八割は過信と慢心によるものだと言ってもいい。それに、残りの二割はその八割の者に巻き込まれた者たちだ。
だから臆病で、慎重になるというのは
幸いにもしょーへいの戦い方は
だが、いまの様子には全く緊張感というものが感じられない。
〈しょーへい!〉
組み立て式の椅子に座っているしょーへいの背中を叩き、腕組みをしてその姿を見つめる。
〈お、おう。おかえり〉
〈いま、寝ていたな?〉
〈ああ、うん。ポカポカと暖かくて……ついうとうとと眠ってしまったみたいだ〉
〈私が出口を探して働いているというのに、いい根性をしているな〉
第二層の攻略に向かうというのに、これでは先が思いやられる。本当にダンジョン二層を攻略する気があるのか?
思えば、魔法を教えても飲み込みが非常に遅い。覚えたいと言ってくるくせに、実際はそこまで覚えたいと思っていないのではないのか?
〈いや、春先のようにポカポカと暖かくてつい……な。申し訳ない〉
〈まったく……まぁ、片付けはしていたようだな〉
辺りを見回すと、テーブルや椅子は折りたたまれているし、簡易コンロは掃除が終わっている。調理器具や食器も洗って積み上げてあるし、やるべきことはしているのだろう。
〈仕舞ってもいいか?〉
〈ああ、頼むよ〉
しょーへいが立ち上がり、座っていた椅子を折りたたんで差し出した。
それも含め、テキパキと空間収納に仕舞う。
先ほどの方位確認で迷ったので時間を無駄にできない。
〈よしっ、方角はこの方向だ。ここから真っ直ぐ行けば……今からならやはり五日くらいは掛かるだろう〉
ちらりと視線をしょーへいに向けると、また何やら思案顔だ。
どうもしょーへいは考えすぎる嫌いがある。
ならば、しょーへいに考える隙を与えなければいい。
〈では行くぞ〉
私が作ったしょーへいの装備には物理攻撃耐性、魔法耐性などが付与されている。ダンジョン第二層の魔物では服に傷がつくこともないし、刃物を持つ魔物でもなければ怪我をする恐れもない。
だが、しょーへいに危機感が足りていないなら、少し荒っぽいやり方になるが、危機感というものを植え付けてやるべきだろう。
そうすれば、魔法の習得に関してもその気になるはずだ。
【あとがき】
ミミルの尊大な態度は様々な要因が重なっています。
・小隊でも統率する側の立場にあること
(ミミル視点第一話~第二話)
・珍しい「知」の加護を得て大賢者と呼ばれ敬われて育ったこと
(ミミル視点第三話など)
・加護のせいで天才肌、逆に教えるのが下手なこと
(自分が知ることには貪欲だが、教えるのは下手)
などが原因です。
そこに、地球人である将平を相手にすることで発生するもの……
・魔素がある世界に生まれ育ったこと
(魔素がない世界のことが理解できない)
・一部の他種族への不信感
(敵対するルマン人、粗暴な巨人族への不信)
などが重なることで更に尊大な態度へと結びついています。
いずれにしても、ミミルと将平とのコミュニケーション不足が原因と言えます。
ですが、地上ではまだ6日しか経過していません。互いに理解し合えるまでもう少し時間がかかるのです。
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