第133話
真っ青な空、一面に広がる草原。
いつものように遠くに見えるのはキュリクスの群れ。
それを椅子に座って眺めていると、とてもゆったりと時間が過ぎていく。そこに日差しで背中がじわじわと温まり、とても気持ちいい。
更に食後というのもあって、俺はうとうとと眠りに落ちてしまっていた。
〈しょーへい!〉
ぽかりと背中を叩かれて目が覚めた。
振り返ると、腕を組んで椅子に座った俺を見下ろしているミミルがいる。明らかに目が釣り上がっていて――これは間違いなくご機嫌が悪い。
〈お、おう。おかえり〉
〈いま、寝ていたな?〉
〈ああ、うん。ポカポカと暖かくて……ついうとうとと眠ってしまったみたいだ〉
〈私が出口を探して働いているというのに、いい根性をしているな〉
ああ、やはりお怒りのようだ。
こういうとき、地上なら何かと甘いものを出したりして誤魔化せるのだが、ここではそうもいかない。
〈いや、春先のようにポカポカと暖かくてつい……な。申し訳ない〉
〈まったく……まぁ、片付けはしていたようだな〉
折りたたんだテーブルや椅子、掃除された簡易コンロに洗った調理器具、食器類を見てミミルが溜息を吐く。
俺は俺でやるべきことをしていたと理解してくれたのだろう。
〈仕舞ってもいいか?〉
〈ああ、頼むよ〉
俺の返事を聞いて、ミミルは次々と荷物を収納していく。
やはり俺も収納が欲しい。
ミミルが自分よりも幼く見えるせいか、余計に申し訳なく――自分が不甲斐なく見えてくる。
〈よしっ、方角はこの方向だ。ここから真っ直ぐ行けば……今からならやはり五日くらいは掛かるだろう〉
ダンジョンに入ったのが第二層の正中……十二時くらいだ。
そして調理して食事を済ませ、ミミルが偵察に行って戻ってくるまで――約二時間くらい経過しているだろうか。
十四時だとするなら、あと四時間から五時間くらいで日が沈むということだ。
少しでも進んでおくのも悪くないが、キュリクスの生息地を越えたあとに安全地帯のような場所はあるのだろうか。
〈では行くぞ〉
全ての荷物を空間収納に仕舞ったミミルが意気揚々と歩き出す。
方向はこの第二層の太陽が沈む方向とは逆……地上の感覚で言えば東の方向だ。
ダンジョンに慣れたミミルからすれば当然なのかも知れないが、野営が前提となると俺はどうしても安全性が気になってしまう。
〈待ってくれ〉
〈どうした?〉
〈いまから向かって夜になったらどうするんだ?〉
〈もちろん野営する。こちらの方向に進んだ先――キュリクスの縄張りを抜けた先に川がある。その中州で野営だ〉
川の中州での野営なら鉄砲水のようなリスクがあると思うんだが、そこはどうなんだろう。
それに水棲の魔物などはいないのだろうか?
地上なら真っ先にワニが思い浮かぶが、カバも危険な動物だ。時速六十キロで一トンを超える重量物が突進してくると思えばいい。一五〇〇CCクラスの乗用車に跳ねられるようなものだ。
乗用車ならボンネットが凹んだりすることで多少は衝撃吸収されるだろうが、カバの身体はそれがない。
それに、顎の力も凄まじく、ワニをも食い殺すことがあるらしい。
〈中洲なら危険はないのか?〉
〈岩場なので魔物が上がってこない。安心しろ〉
〈あ、ああ〉
ミミルが言うのなら大丈夫なのだろう。
大丈夫なんだろうとは思うが――まだなんだか不安だな。
先へと進むミミルの後を追って祭壇状になった建造物から下りていく。
ミミルは小さな羽を背中に出して下りていくが、俺はそんな魔法はまだ使えないから、どうしても石段を下りるのに時間が掛かってしまう。
ミミルに遅れること数分。
草原まで下り、両腕を組んで睨むように俺のことを見ているミミルのところへと走り寄る。
〈夜は身体強化から教える。覚悟しておけ〉
〈あ、はい……〉
なんだか急に厳しくなった気がする。
さっきうたた寝していたこと、まだ怒っているのだろうか。
〈あと、食材や薬草を集めながら歩く。よく見ておけ〉
〈はいっ〉
機嫌をとるつもりはないが、不快にさせれば余計に何か厳しくなるような気がするので素直に返事をしておく。
ミミルは眉ひとつ動かすこともなく、出口があるという方向に向かって歩き出す。
定期的な音波探査をし、目視できるキュリクスに対してそっと近づいていく。
チャクラム状の風刃を投げつけ、気づいたキュリクスを更に風刃を投げたり、マイクロウェーブを用いて倒していく。
まとめて数頭現れることがあるが、さすがにミミルも手伝ってくれる。効率を優先してくれているようだ。
そうして二時間ほどかけてキュリクスを沢山狩って進み、テンダーロインとサーロインの両方がついた肉を一つと、スネ肉の塊を二つ入手することができた。
それだけでミミルの機嫌はかなり良くなった。
スネ肉はワイン煮でも作ると美味しそうだ。
ミミルのご機嫌をとるためにも今夜にでも作ることにしよう。
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