第132話

 くるくると巻き上げるようにパスタを盛り付け、テーブルにサーブする。

 その料理――カルボナーラから漂う濃厚な燻製の香りと、黒胡椒の爽やかな香りを吸って辿るようにフラフラと歩き、ミミルが椅子に座る。

 続いて俺も椅子に座り、手を合わせる。


「いただきます」

「いただき、ます」


 またミミルが「ちゃんと言えただろう?」とばかりにこちらを見上げている。

 これは「褒めて欲しい」というサインなんだろうか……それとも他に何かあるのかな。


〈すごいな、ミミルは勉強熱心だ〉

〈こ、これくらいすぐに覚えられる。

 それより、イタダキマスというのは食事前に神に捧げる言葉なのか?〉

〈いや、ニンゲンは生命を食べなければ、自分の生命を維持できないからな。その食べる生命に対する感謝の言葉と思えばいい〉

〈ふむ……〉


 俺の返事に満足したのか、ミミルは右手にフォーク、左手にスプーンを持ってカルボナーラへと手を進める。

 見た目は幼いが、身体のコントロールなどは大人と差がないようで、器用に麺をくるくると巻き上げ、口に運ぶ。

 そして、いつものように頬を膨らませて数回顎を動かすと動きが止まり、手で頬を抑えて恍惚とした表情を見せる。


 どうやら気に入ってくれたようだ。


 ミミルの様子を見て、俺もフォークで麺を手繰って手早く巻き取り口に運ぶ。

 市販のベーコンとはいえ、しっかりと香りが出るまで炒めただけのことはあり、燻製の芳醇な匂いと胡椒の爽やかな香りが口いっぱいに広がる。そして僅かに遅れて卵とチーズの香りが追いかけてやってくる。

 ブツリと噛み潰されるベーコンからはジュワッと肉の旨味や脂の甘味が溢れ出し、それをパルミジャーノの旨味が何倍にも高めて舌を蹂躙する。


〈うんまい!〉

〈ああ、うまいな〉


 ミミルの子どもっぽい言葉に思わず頬が緩む。

 こうして目の前で食べてもらって、心から美味しそうに食べている姿を見ながら、素直な味への感想を聞く……料理を生業とする者にとっての原点とも言うべきものがここにある。


 カルボナーラを食べ終えると、ミミルに取り出しておいてもらったクッペを手に取る。


〈ミミル、最後はこれをこうして……〉


 千切ったクッペを皿にこすりつけ、ソースを拭い取ってみせる。


〈食べるんだ〉


 そのまま口へと運んで食べる。

 麺とは違った食感。クッペの塩味が強いので、麺よりも味が濃く感じる。


〈これもんーまいっ〉


 こちらもミミルは気に入ったようだ。クッペを千切っては皿を拭って口へ運ぶ作業を続け、またハムスターのように頬を膨らませている。

 おかげで皿を洗うのは楽そうだな。


 先に食べ終えた俺は、折り畳める布製のバケツに魔法で水を溜め、自分が食べた分の皿を洗う。

 ダンジョン内は雑菌やウィルスが存在し得ない環境らしいので、洗剤で油脂分を洗い流せば問題ないだろう。


〈これも……〉


 ミミルが食事を済ませて皿を持ってきた。

 舐めたのかと思うほど綺麗なのは有り難い。かなり頑張ってパンに塗りつけて食べたのだろう。

 黙諾し、ミミルの分の皿を洗うと、鍋とフライパン、ボウルなどの調理器具を洗ってしまう。もちろん、簡易コンロは火を落としてある。


 十数分で洗い物や調理器具の片付けを済ませる。

 これで第二層の攻略に向けて動き出せるのだが、具体的にどちらに向かえばいいのかはミミルだけが知っている。


〈なあミミル、どちらに向かえばいいんだ?〉


 ミミルに訊ねると、またおとがいに指を当てて考えている素振りを見せるのだが、すぐに俺の方に向き直った。


〈私もこのダンジョンを攻略するのは二度目だからな。前回のことを思い出すから待って欲しい〉

〈ああ、わかった〉


 そういえばこのダンジョンはミミルが所属していたフィオニスタ王国とは違い、イオニス帝国の領域にあったと言っていたな。

 それならミミルが何度も踏破している場所ではないのは理解できる。それに二十一層あるダンジョンの序盤、第二層の情報となると時間経過もしていてよく覚えていないというのも理解できないでもない。


〈――フロエ〉


 ミミルが魔法名を唱えると、背中に魔力でできた大きな翼が出現した。飛翔魔法だ。


〈少し見てくる、ここにいろ〉


 そう言い残してミミルは飛び立った。

 瞬く間に空高く舞い上がり、豆粒のような大きさになると空を滑るように飛んで見えなくなった。


「すごいなぁ……」


 さすがミミルだと思いながらその軌跡を眺める。

 飛行機雲のようなものが出るはずもないので、ただ飛んでいった方向だけを見ているだけだ。


 暫く口を開けたままぼんやりとミミルの向かった先を眺めていたが、ずっと呆けた顔をしてはいられない。


 まだ残っている机と椅子を畳み、残った食材を一纏めにしておいたりしながらミミルが戻ってくるのを待つ。

 ミミルの話ではこの第二層だと五日掛かるというのだから、移動距離もそれなりにあるはずだ。空を飛べば短縮できるとはいえ、そう直ぐに戻って来れるものでもなさそうだ。

 また椅子を出してのんびりミミルを待つとしよう。

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