第134話
突然、キュリクスが周囲にいなくなった。
既に多数のキュリクスを倒していたのは間違いないが、狩り尽くしたわけではないはずだ。
ということはキュリクスたちの縄張りを抜けたということなのだろう。
周囲を見渡す限り、同じ草が生い茂った草原なのだが不思議なものだ。
まるで、この魔物はここで生活させる……なんて感じで見えない柵でも作られているようにさえ思える。
ここから見た感じでは魔物がいるようには見えないのだが、それはこの周辺だけのようだ。
遠くまで目を凝らして眺めてみると、また馬か牛に似たような魔物がいるのが見える。
どうやらその魔物たちとキュリクスの領域の間には安全地帯とも言えるスペースがあるようだ。
考えてみると、第二層の出口――祭壇状になった建造物の周辺も五〇メートルくらいの範囲にキュリクスは入ってこなかった。同じように一五〇センチくらいの草が生えているにも関わらずだ……。
〈しょーへい、少し休憩するか?〉
〈ああ、頼む〉
キュリクスの肉が手に入ったおかげでミミルの言葉から
地面に座り込むと、両手で
ぽたぽたと水は溢れて溢れだすが、気にせず喉へと流し込む。
二時間程度ぶっ続けでキュリクス狩りをしながら前進し続けたのでそれなりに喉が乾いていたようだ。
水が
たったこれだけで真っ青な空に、緑の草しか見えない世界が出来上がる。とはいえ、見えている空は自分の身体で押し倒した草の形なので小さなものだ。それでも開放感があって気持ちがいい。
〈しょーへい、どうした?〉
仰向けに倒れた俺を心配したのか、ミミルが草の隙間から覗き込むようにして声を掛けてくる。
最初にダンジョンに入って六日。
魔素を取り込んで強化されたのか、自分があまり疲れなくなっていることに気がついていた。ただ、ダンジョンと地上を行き来するようになって生活のリズムが狂っているのは確かだな。
〈いや、なんでもない〉
〈ならいい……〉
ミミルはそう告げると草を俺の隣にやってきて、ごろりと寝転がる。
見た目は腕枕しているような……いや、正に腕枕だな。俺の左腕に頭を載せている。
あまりに人間離れした美しさや可愛さを持ち合わせているし、見た目の年齢は娘であっても不思議のない年齢だから、どうしても守ってやりたいと思う気持ちが湧き上がってくる。
正直、ダンジョン内では明らかにミミルの方が強者だからその必要はないのだが……。
〈で、いつまでこうしているつもりだ?〉
〈ミミルが頭を載せてると起きれないんだよ〉
〈それもそうだな、すまんことをした〉
ミミルが先に立ち上がり、俺もそれに続く。
豪快に大の字になって寝転がっていたせいで、ミミルの背中は千切れた葉や土がついているので優しく払い落としてやる。
〈あ、ありがとう〉
少し照れたように俯いてミミルが礼を述べる。
俺の腕の上に頭を載せていたとはいえ、髪にも千切れた草や土が多少ついているので気になってしまう。
せっかくの綺麗な銀髪が汚れているのは忍びない。
ミミルに〈気にするな〉とだけ伝え、自分の身支度を整える。ミミル以上に汚れているとは思うが、気にすることもないだろう。
〈こっちの方向だ〉
ミミルが出口の方向を指さし、歩き始める。
周囲に生えている草はミミルの身長よりも高い。ミミルには方向を確認する術は無いはずだが、一度上空を飛んで確認できているので信頼しても大丈夫だと思う。
草の上に頭を出さないようにしながら五十メートルほど進んだところで音波探知を試すと、更に五十メートルほど進んだ場所にぼんやりと魔物の音像が浮かび上がる。
〈この先に魔物がいるみたいだ〉
ミミルに伝え、そっと草の上に頭を出す。
五十メートルなら目視でも確認できる。
視界に入ったのは、キュリクスに勝るとも劣らない筋肉質な体格をした魔物。
後頭部から首筋まで続く
キュリクスやツノウサギの場合、見た目は草食系の生き物であっても
地上の馬は耳が頭の上でピンと前向きに立っているのだが、この馬に似た生き物は耳が牛のように横向きに生えている。
脚の太さや、形状などは草に隠れて見ることができないのが残念だ。
〈しょーへい、何が見える?〉
〈チキュウのウマに似た……茶色い毛並みで
ミミルは図鑑に描かれていた馬のことを思い出しているのだろうか……両腕を組み、首を傾げると視線を暫く漂わせる。
〈ブルンへスタだろう。しょーへいなら三頭くらい平気で倒せるぞ〉
ミミルが簡単そうに話すのだが、俺にとっては初見の敵だ。
どう倒せばいいかもわからないんだから、三頭なんてどう考えても無理と言うものだろう。
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