第135話
ブルンへスタ――何か意味があるのだろうか。
その名前を聞いた時、エルムへイム共通言語の固有名詞として理解した。これはキュリクスも同じ。
魔物の種類を指す名前は、第一層ではミドリバッタやツノウサギ、オカクラゲのようにわかりやすい名称だったのが、第二層ではキュリクスやブルンへスタという名前に変わっている。
まてよ……第一層にいたときは俺もまだエルムヘイム共通言語は使えなかったので、ミミルが名前を教えてくれていたはずだ。
もしかすると、第一層の魔物の名前をミミルが念話で俺に教える時に日本語へと翻訳されたのかも知れない。
こりゃ、あとで魔物の名前についてはミミルに確認する必要がありそうだ。
そんなことよりも、まず目の前のブルンへスタをどうするか……だよな。
五十メートルくらい離れて見ていること、俺とミミルが風下にいることもあって、一番近くにいるブルンへスタにもまだ気づかれていない。
ただ、近づくときはできるだけ音を立てずに進んでいる。
草の上に頭を出して見たときの印象だが、地面から肩までの高さはキュリクスよりも高い。
キュリクスは牛に近い体型なので、頭の位置は肩と同じ高さ。だが、ブルンヘスタは馬に近く、草を食んでいないときの頭は肩よりも上の位置にある。それだけ遠くを見渡すことができるし、ゴールドホーンのように俺たちが隠れていても見つけやすいはずだ。
〈あまり近づきたくない獲物だな〉
そう呟いた俺の言葉を聞いてミミルが解説してくれる。
〈突進、踏みつけ、踏み潰し、首の叩きつけ、後ろ足での蹴り上げ等が奴等の攻撃手段だ。ツノはないが、前後の脚は太く強靭。蹄は固いので難儀な相手だ〉
脚は草に隠れて見えないが、太くて強靭……風刃でダメージを与えられるだろうか?
ゴールドホーンのとき、硬い皮膚にチャクラム状の風刃を投げつけても傷が浅く与えたダメージも大きくなかった。
〈しょーへいは慎重派だな〉
ミミルの呆れたような声が聞こえる。
そんなに難しい顔をしているだろうか?
でも考えてみて欲しい。自分の何倍もある魔物を相手にするということは、それだけのリスクがある。
これがマンガやアニメ、ゲームの世界で「ヒール!」などと回復魔法を唱えるだけで怪我が治るのなら話は別だ。
だがいまのところ、ミミルから「いざというときは回復魔法で治してやるから心配するな」という優しさと厳しさの両方が備わる言葉を受けたことがない。
腕や脚の骨折……いや、部位欠損や脊椎や骨盤など今後の生活に影響を与えるほどの怪我を負ったら店の開店どころではないんだから、慎重になるのは当然だ。
〈店のことを考えると怪我するわけにもいかないからな。慎重にもなる〉
〈それはそうだが……〉
そういえば、ミミルも俺もダンジョン内で怪我をしたことがない。
相手にしている魔物がまだまだ弱いせいもあるのだろうが、怪我をしたときの治療はどうしているのだろう。
〈怪我をしたらどんな治療をするんだ?〉
〈骨を折ったら添え木をして固定する。裂傷や擦過傷などはモギの葉で作った
どうやら昔ながらの大衆療法に近い気もするが、薬草を使用するあたり、エルムヘイムには漢方薬のような知識が蓄積されているのだろうか?
そういえば、先日はキュリクスの蹄が精力剤になるとか言っていたな。
〈捻挫や打ち身などにも
これは湿布薬のことだろうな。
捻挫などで腫れたら冷湿布をして炎症を抑え、その後は暖かい温湿布を貼るのがいいとされている。
考え方は同じのようだ。
〈なるほど。内臓を損傷した場合はどうするんだ?〉
〈魔物との戦闘で内臓を痛めたときは、自分自身の魔力を集中することで治癒能力を高め、治療するしかない〉
自分自身の治癒能力を上げ、自己再生するというイメージなのだろうか。
そもそも魔物も魔素で作られているというから、その魔素を取り込んで自分のものにした魔力があれば再生できる――という理屈なのだろう。
では、他人の魔力でも再生速度を早める方法――治癒魔法が存在するということだろうか?
〈他人を治療する魔法はあるのかい?〉
〈魔素を吸収し個人に最適化されたものが魔力だ。他の誰かに魔力で干渉することはできても、治癒に使えることはない〉
〈治癒魔法はない……と?〉
〈いまのところ使える者はいない〉
俺が意識を失うほどの怪我をした場合、ミミルの治癒魔法で治療してもらうことができないなら無理はできない。
〈となるとやはり無理はできないな〉
〈では、私が手本を見せてやる。最弱とは言わんが、ブルンへスタを倒すのはそんなに難しくない〉
ミミルはそう言い残すと俺を置いて先へと進む。
頭を下げてその数歩後ろをついていく。
ミミルも魔力探知を使用しているようで、さっき見つけたブルンへスタに向かって真っ直ぐ進んでいく。
さて、ミミルの戦い方をよく見て参考にさせてもらおうか。
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