第255話(ミミル視点)

【まえがき】

 今回もミミル視点でなければ描けない部分がありますので、ミミル視点で記載しています。


【本文】

「このあたりの勉強道具は準備しておくから入ってきていいぞ」

「……ん」


 言われて、しょーへいよりも先に風呂に入ることにした。

 こうして自然にニホン語で会話していると、強い違和感があるのだが、これはまだ慣れていないからだろう。


「あ、ミミル」

「……?」

「洗濯するものがあったら、洗濯機の中に入れておいてくれ」

「ん、わかった」


 しょーへいに声を掛けられ、すぐに返事を済ませて階下の風呂場へと向かう。

 街着として買ってもらった服も定期的に洗濯するべきだろう。

 それに、ダンジョンで五日も過ごしたのだから下着は何度か着替えて……。


 下着をしょーへいに洗ってもらうことになるのか?


 エルムヘイムの自宅では洗濯専門の使用人がいた。もちろん女性だ。使用済みとはいえ、もちろん目に見えるような汚れはない。だが、種族が違うとは言え、しょーへいに見られるのは……。


 考えただけで頬が赤くなる。


〈なんだか恥ずかしい、な……〉


 下着は風呂場で自分で洗い、魔法で乾かすことにしよう。となると、センタクキに入れるのはチキュウで普段着にしている服と靴下くらいで充分だ。


 何も考えずにセンタクキに下着を入れなくてよかった。


 ホッと安堵の息を吐き、脱衣場に入る。


 先日、しょーへいに教わった場所を押して洗濯機の蓋を開く。続いて、靴下とすっぽりと上から被るだけの服を脱ぎ去り、空間収納から取り出した靴下、チキュウでの普段着と共に中に入れて蓋をしておく。


 脱いだ下着を持って浴室に入ると、最初に下着を洗うことにした。使うのはエルムヘイムの石鹸だ。

 この浴室には髪を洗うためのシャンプーというものと、そのシャンプーをきれいに洗い流すがめのコンディショナー、身体を洗うためのボディーソープという液体石鹸しかないから仕様がない。


 変わった素材でできた桶に水を溜め、そこに下着を浸してから石鹸を使って一枚ずつ揉み洗いしたら、何度も水を入れ替えてすすぎ、最後に手で絞る。

 あとは上がってから脱衣場で魔法を使って乾かせばいい。


 続いて髪を洗って、身体を洗い、浴槽へと身体を沈める。


 今日はいろんな事があった。

 初めてジドウシャに乗せてもらったし、私専用のハシや食器類を買って貰った。

 だが一番の驚きは、ジンジャというところにダンジョンの痕跡を見つけたこと。そして謎の声を聞いて、急に皆が話している日本語を理解し、話せるようになったことだろう。


 私の技能カードはダンジョン内で着る服の中に仕舞ってある。

 空間収納から技能カードだけを取り出すと、目よりも少し高い位置に翳す。

 大きさ、厚みなどはしょーへいの技能カードと同じだが、色は漆黒。この色になって四十年以上が経っている。どこまで色に変化があるのか、この技能カードを創り出した私自身も知らない。


 親指と人さし指で技能カードを摘み、魔力を流し込む。


 黒い技能カードの表面が白く輝き、そこに文字が浮かび上がる。

 しょーへいのカードはニホン語とエルムヘイム共通言語で表示されたが、私の場合は両面がエルムヘイム共通言語だ。


〈――ふむ〉


 百年以上生きてきたので、取得した技能については全てⅤになっているが、改めて見ると「ニホン語Ⅱ」が追加されている。


 本来、普段から用いる言語は技能カードには反映されない。

 私の技能カードにも、エルムヘイム共通言語、古代エルム語の二つが記載されていないのはそのせいだ。


 しょーへいの技能カードではエルムヘイム共通言語が加護として記載されていた。


 実は加護なのか、技能なのかの違いは大きい。

 加護は知、勇、力、魔法、商、工、農……様々なものがあるが、そのすべてに熟練度は存在しない。

 技能ならば研鑽すれば熟練度ⅡからⅢ、ⅢからⅣへと鍛え上げることができるが、加護として与えられたものは固定……それ以上の技量を身につけるのは難しい。つまり、しょーへいにエルムヘイムの文字の読み書きを教えるのは無駄ではないが、道のりは厳しいということだ。

 一方、私の場合は技能としてニホン語を身に付けたことになるので、研鑽を積めば熟練度をⅡからⅤにすることも可能ということになる。


〈仕方ないか……〉


 しょーへいと共にあることを約束した以上、チキュウの……ニホン語を覚えるというのは必須と言えるだろう。

 どうせならしょーへいのように最初から熟練度Ⅲで授かりたいものだが、しょーへいもダンジョン内で覚えた技能は全て熟練度Ⅰから始めているのだ。贅沢は言うまい。


 湯船に浸かり、両手で掬った湯を顔に掛けて思考を切り替える。


 やはり気になるのは私に技能を授けた声の存在。恐らく古いニホン語だとしょーへいは言っていた。古代エルム語のようなものだろうか。

 このニホンという国で既に古代ニホン語を理解する術が失われていたなら、声の主が誰なのかということや、話していたことの内容を調べるにも時間がかかりそうだ。

 また、あのジンジャとかいう場所にダンジョンの残滓を感じたことも関係があるに違いない。

 となると、ニホンの歴史も学んだほうが良さそうだ。


 やることばかり増えて大変だ。


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