第245話

 座席で会計を済ませ、俺達は駐車場へと向かった。

 途中、また紙屋川を超えて北門から神社に入ると、東門の手前で名物の餅を買った。ミミルにとっては初の和菓子になるだろう。

 他にもこの周辺にはあんこと最中を一緒に購入することができる有名な製餡所があるし、粟餅で有名なお店もある。また、上七軒に入ってすぐのところには茶席に出すような和菓子が並ぶ老舗もある。

 ミミルが和菓子を気に入ったなら、このあたりまで足を伸ばして買いに来るのも良さそうだ。


 駐車場に戻って俺の車に乗り込むと、自分の店へと向かって走らせる。

 昼過ぎにもなると路上はなかなか混み合ってくる。

 今出川通を東に、堀川通との交差点。老舗和菓子店があって、目の前で生菓子を作ってくれるサービスがある。まずはミミルが抹茶を飲めるかどうかが大事だが、ここに遊びにくるのもいいだろう。


 ある程度言葉がわかるようになったせいか、ミミルは目に入るモノをジッと見つめていることが増えた。

 俺がエルムヘイム共通言語を理解できるようになっても、実物を見たことがないので確証を持てずにいる言葉はたくさんある。魔物の名前などは特にそうだ。ミミルも同じように目に入るものの形や大きさなどから想像し、仮説を立てていると思う。

 また、わかるようになったのは日本語だけのようだ。外来語は理解できていないようなので、まだまだ教えることがありそうだ。


 できるだけ大きな通りを使うほうが渋滞は少ないので、堀川通を南下、御池通を抜けて契約している駐車場へと戻った。


 途中、いろいろと寄り道をしたくなったが我慢だ。


 駐車場へと愛車を預け、ミミルと共にデパートへと向かう。業務用の食器を買うわけではないので、少々値が張るがデパートで買うほうがいい。それに、東京の合羽橋、大阪の道具屋筋のような調理器具、食器等の専門店が集まって立ち並ぶ場所がこの街には無いから仕様がない。


「でんちゅう、でんせん……」

「そうだ、電柱と電線だな」


 ミミルが指さして確認するように声を出す。

 それが正しいかどうか、ミミルはわからないので都度、正誤を判断して教えないといけない。


「みち、どうろ、ほそうろ、ほどう……どうちがう?」

「舗装路はここのように表面を押し固めた――舗装したところ。石を敷いたりすることもある。道路は自動車が走るところで、歩道は人が歩くところだ。この線で区分されている。それらを全部まとめて〝道〟と言うんだよ」

「ん……ほそうろ、なにでかためる?」

「石油を精製した残り滓――アスファルトを使ってる」

「……せきゆ、せいせい」


 一つ確認すると、また新たに確認したいことが増える。

 これは日本語がわからなかったときと変わらない。だが、少なくともミミルはひらがな、カタカナを読むことはできる。


「家に帰ったら図鑑をもういちど読み直すといいよ」

「そうする」


 石油のことくらいは載っているだろう。原油からの精製方法などについては流石に子ども用図鑑だと書いてない可能性が高いが、わからなければネットを見るようにすればいいだろう。


「あれ、はと?」

「そうだ、大きいのは鳩、小さいのは雀だな」


 ミミルが指さした先には数羽の鳩がいて、地面に落ちた何かを啄んでいる。その近くを両足で跳ねるようにして雀が飛び回っていたので、併せて説明しておいた。

 ミミルは何やら満足そうに頷き、俺を見上げるとニコリと笑みを見せた。次に雀のことを訊ねようと思っていたようだ。


 今日は地下へと下りる階段を避け、一階の扉から中へ入る。

 昼食を摂ってまだお腹が膨れているとはいえ、食料品街に入るとミミルの気が散るからだ。全部の食品、食材について説明を求められたら明日になっても食器を買いに行けない。


 一階の化粧品売り場を通り抜け、エスカレーターに乗って四階にある家庭用品売り場へと足を踏み入れる。下りて正面にあるのが和食器売り場だ。


「いろ、かたち、いろいろある」

「用途によって違うからな。俺は専門外だが……」


 和食器のことはあまり理解していない。

 磁器や焼締めは色が白く冷たい印象を与えるので夏場に、釉薬を使って温かい色味を持つ陶器は冬場に用いるという話を聞いたことがある程度だ。


「これ、茶碗?」

「そうだよ」

「どうして二個ずつ?」

夫婦ふうふ用だよ。夫婦めおと茶碗って呼ぶんだ」


 ミミルはジッとその茶碗を見つめている。波佐見はさみ焼の十草とぐさ模様がとても可愛らしい。高台部分が青の方が男性用で大きめ、赤い方が女性用だ。


「気に入ったのなら買うぞ?」

「しょーへい、どうする?」

「俺は自分の茶碗があるからなあ……いらないかな?」


 言って、ミミルへと目を向けると、なぜか目に潤潤うるうると涙を溜めている。今にも泣き出しそうな雰囲気だ。

 まあ、強がりだから泣いたりしないとは思うが……。


「でも、長く使ってるから買い替え時かな?」


 このひと言でミミルの顔に花が咲いた。

 仕様がない……独り者だからずっと一つしか持っていなかった飯茶碗だが、来客用にするとしよう。

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