第246話
飯茶碗を選んだら、次は味噌汁椀だ。
いま使っているのは百円均一で買ったプラスチック製の汁椀だ。これがまた無駄に長持ちする。
一方、目の前にあるのは銘木椀――無垢の木を削り出し、ウレタン塗装したものだ。見た目は無垢よりも少し濃い色になっているが、木目が生きている。全体に薄く削りだされていて、とても軽い。
他には黒と赤の漆を塗った汁物椀なども並んでいる。蓋がついているものは主に吸い物に使うためのもの――だったと思う。
「ミミルはどれがいい?」
「……みそしる、うつわ?」
とんかつを食べに行った時、みそ汁が入っていた器のことをミミルは覚えていたようだ。だが、あのときは「みそ汁」という名前を教えていない。この売場に来て、ミミルは器の材質や形状、色などからそれぞれの用途を計っているのだろう。
「そうだ。どれがいいと思う?」
候補となる三つの汁物椀を手にとって見せる。
一つは先ほど手にとったウレタン塗装された木目と素材本来の色が生きた木椀だ。口縁は少し外側に反った形をしている。
次に手にとったのは全体に赤漆が塗られた木製の椀。全体が丸く、やや厚みがあるのが見てわかる。
三つ目は、二つの中間……一定の厚みがあるが、口縁は薄く、外側に反った形。ウレタン塗装で色に木の温かみを感じる。そして最も俺の手によく馴染む。
「しょーへいは、どれ?」
「俺か? 俺の分はもう……」
ミミルがまた目を潤ませて俺を見上げている。
そんなに揃いのものが欲しいのだろうか?
「そうだな、やっぱコレかな?」
「ミミルもそれ」
思いっきり丸投げされた気もするのだが、ミミルには器の良し悪しなど判断できないのかも知れない。まったく食文化の異なる世界の器なんだから仕様がない。
「エルムヘイムではどんな器を使っていたんだい?」
「……きぞく、ぎん、とうき。へいみん、きのうつわ」
「木の器には塗装はされてたのかい?」
「……ううん、むくのまま」
「汁物はパンのようなものをつけて食べるんだっけか?」
「……ん、そう」
確か、ミミルが暮らしていたエルムヘイムは中世ヨーロッパに似た文化をもつ世界。
フォークは実質的になく、ナイフは料理をカットして給仕する際に使うだけ。スプーンは……存在するのだろう。スパゲティを食べるときに違和感なく使いこなしていたからな。
器に口を直接あてて食べるという文化がない世界では、汁物椀の良し悪しを判断するのはやはり難しそうだ。
結局、俺では判断がつかないので近くにいた店員に声を掛け、器別の特徴を確認した。
口縁部分が外に反った器は
一方、全体が丸くつくられた汁椀は
三つ目の汁物椀はその二つのいいところを組み合わせたようなものだそうだ。持ったときに料理の熱さが伝わり
正直、俺はイタリア料理、スペイン料理は慣れているが和食作りは慣れていないので味噌汁づくりは怪しい。だが、最近はフリーズドライで美味しい味噌汁が飲めるので大きな器は必要ない。
こう並べると、具材たっぷりの雑煮を作るなら二番目の布袋椀がいいかも知れないが、手で持って熱くなく、口当たり良く飲みやすいとなっては……。
三つ目の汁物椀を手に、店員に「これにします」と伝える。
これで、箸と茶碗、汁物椀の三つが揃ったことになる。おかずは家にある皿を使えばいいから、買い物はこれくらいでいいだろう。
「ミミル、他に欲しいものはあるかい?」
「……ん、これ」
少し俺の手を引いて歩くと、ミミルは平台の上に並んだ皿を指さした。直径二から三寸程度……六から七センチくらいの小さな皿がいくつも並んでいる。形、模様、絵柄が何種類もあって、実に可愛らしい。
「豆皿か……」
「……まめ、たべるさら?」
「違うよ、豆のように小さい皿という意味だ」
ミミルは何らかの加護を得て日本語を話せるようになったんだと俺は思っている。俺がエルムヘイム共通言語を覚えたのも加護によるものだからだ。
ミミルがその加護を得たトリガーは古い日本語の声が聞こえたことで間違いないと思う。だが、「豆」を小さいという意味で使うことには対応していない……いや、俺が得た加護も似たようなものか。初めて見るものと知識の紐付けがまだできていないわけだ。
「……これ、なにつかう?」
「酒のつまみ、ごはんのおかず、何でもいいから少量ずつ並べるために使う」
「これと、これ、ほしい……」
ミミルが言ったのは箱入りの豆皿十二枚セットに、なぜかペアの蕎麦猪口だ。
まあ、共に無くて困ることがありそうなものだ――いい機会だし買っておくことにしよう。
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