第244話
フロア係の女性が残りの料理、メインのビフテキとライスを運んできた。
脂が焦げた甘い匂い、炒めた玉ねぎの香りが漂い、俺の食欲を刺激する。ミミルの目はもうキラキラと輝いていて、いまにも齧りつきそうなほど低空へと視線を落としている。
炒めた玉ねぎの上に、焼き上げたテンダーロインステーキ。その上で熱で溶けていくガーリックバターが早く食べろと急かしている。
ミミルはというと、ダンジョンで地球のナイフ、フォークの扱いに少しは慣れたようで、特に問題なく料理を食べ始めている。
『うんまいっ』
ミミルの感想が念話で届く。
ガーリックバターを塗り広げ、俺も端からひと口だけ切り出して口へと運ぶ。
この店のステーキは久しぶりに食べるが実に美味い。
付け合せは自家製のケチャップで炒めたであろうスパゲティに、フライドポテト。昔ながらの洋食屋感があっていい。
俺たちは暫く無言で食べ進めた。
ミミルは見た目は小学五年生くらいの少女だから、周囲の人からするととても気を引く存在のようだ。結構なボリュームがある料理なので、食べきれるか心配そうに見ている人もいる。
だがそんな視線をよそに、ミミルは順調に食べ進めて全てを胃袋の中へと仕舞い込んだ。
ダンジョンでミミルが食べる量を知っているとはいえ、どこに食べたものが消えていくのか知りたくなる。口の中にも空間収納があるんじゃないかと思ってしまうほどだ。
食事を終えると、デザートのバニラアイスが出てきて、コーヒーを頂く。ミミルは砂糖を入れたミルクティーだ。
「……デザート、なに?」
「食後に食べる甘いもののことだ。チーズを出すこともある」
「……チーズ、なに?」
「〝オスト〟のことだよ。主に動物の乳を発酵させ、加熱することで固まったものを濾したものだ」
ダンジョン内では乳酸菌などが死滅してしまうはずだが、エルムヘイムでもパンのようなものを焼くらしい。つまり、魔素濃度が低ければ死なない品種があるのだろう。ただ、エルムヘイムのチーズは酵素を使って固めている可能性もある。
残念だが、俺は言語知識は持っているが、エルムヘイムのチーズの製造工程までは知らない。
〈デザートは食後に食べる甘いもののこと。チーズを出すこともある。チーズとはオストのことで、主に動物の乳を発酵させ、加熱することで固まったものを濾したもの……でいいか?〉
〈うん、合ってるぞ〉
ここまで完璧に翻訳されてしまっては、完全に日本語がわかるようになっていると言えるだろう。では、いったいどんな声、言葉が聞こえたのかが鍵になる。
「どんな声が聞こえたんだ?」
「……はりある、おとこ、こえ。おんがく、うた、にてる」
「内容はどんなだった?」
「んー」
ミミルは指をおとがいにあて、首を捻る。
「あな、いとうつくすぃきうぉとめこならんずや」
目を閉じたミミルの小さな口から流れ出したのは、和歌を詠むかのような旋律。ただ、五七五七七音になっていないせいか、和歌そのものではない。
最初の「あな」と「いと」、最期の「や」という言葉が高校で学んだ古文の授業を思い出させる。つまり、ミミルが話した言葉は昔の日本語の可能性がある。
「ほ、他はあるか?」
「なんでぃ、いかいのふぃとなりや。いかにわたりこすぃやすぃらねんど、わんがむまんごとたよりのさるけすぃき……」
「――お、おう」
何を言ってるか全然わからない。ただ、「いかい」や「いかに」など日本語っぽい気がする。
「……りかい、できた?」
「いや、無理だ。恐らく古い日本語だと思うんだが――」
もし、古い日本語だとしてそれは誰の声だったのか……という話になる。
神として祀られている俺の先祖――菅原道真なのだろうか。道真の正妻と、長子である
「……おもう、どうした?」
「いや、話すにしては根拠のない内容しか用意できない。もう少し確信が得られたら話すよ」
「ん、わかった……」
とにかく、いまはミミルが日本語を話せるようになったということを喜ぶべきだろう。
明日から出勤する裏田君や、明後日から出勤する田中君ともコミュニケーションがとれるというだけでも非常にありがたい。
それに、明後日には、この街の大学に通う文学部女子が二名、バイトに入る予定だ。その二人に相談してもいいかも知れない。
「……このあと、どうする?」
「このあとは、ミミル用の食器を買っておこうと思ってるんだ」
「みせのさら、つかわない?」
「あれは俺たちがつくる料理用。買いたいのは和食用だ」
日本の食文化は多種多様に進化しているが、変わらないこともある。食器などはいい例だ。
これだけ海外からいろんな料理が入ってきても、和食器は生活になくてはならないものだ。特に箸と汁物椀は間違いなく必要だ。
例えフリーズドライのみそ汁しか飲まなくても、手で持って直接口縁に口をつけることには変わりがない。だから、手に持ったときに熱が伝わり
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