第240話(ミミル視点)

 しょーへいに手を引かれ、更に大きな木造の建物の前へとやって来た。エルムヘイムにはない木造建築なので、とても興味深い。


〈ここが中心となる建物で、奥にあるのがホンデン。ホンデンに神が祀られている。手前にあるのがハイデン――神と対話する場所だ。他にワキデンとガクノマがある〉

〈なんだと!? ここは誰でも神と話せる場所だというのか!?〉

〈いや……神へと話しかける場所というのが正しいかな〉

〈返事はこないということだな〉

〈そのとおり〉


 ハイデンという場所の前に立つと、しょーへいは財布の中から硬貨を取り出し、私に手渡した。

 黄銅色の硬貨で、歯車と草の絵が描かれていてそこに文字が書かれている。カンジというやつだ。

 二文字ということは大した金額ではないのだろう。


〈ニホンの通貨で、五エンだ。そういえば忘れていたな……通貨単位はエンだ〉

〈そんな僅かな寄付で神に話しかけられるのか?〉

〈話しかけるのは無料でもいいんだ。それよりも決まった手順がある。教えるから覚えてくれ〉

〈うん、わかった〉


 しょーへいが上からぶら下がっている布を握って揺すると、上についている丸い金属がシャンシャンと音を立ててる。その後に硬貨を箱に投げ入れた。

 もちろん私も目の前に垂れている布を持って、頭上高いところにある丸いものを鳴らす。


〈意外にいい音をさせるのは難しいな〉

〈これは神に呼びかける前の合図みたいなものだ。長く鳴らさなくても神は聞こえているはずだよ〉

〈そ、そうか……〉


 いい音を鳴らそうと思って長く鳴らしすぎたようだ。

 確かに今から話しかけるという合図なら、少し鳴らせば良いはずだ。

 続いて、しょーへいから貰った硬貨を木箱の中へと投げ込む。ガタゴトと硬貨が木箱の中へ落ちる音を気にする様子もなく、しょーへいは次の手順を説明する。


〈お金をサイセン箱に入れたら、二礼、二拍手。それから神へ願いを伝えるんだ。最後に一礼する〉


 しょーへいが二度続けて頭を下げ、二回拍手をする。とてもいい音だ。手を合わせてうつむいたまま動かないが、ここで神に願いを伝えているのだろう。


 しょーへいの願いは何だろう……。


 少し気になる。


 数秒してしょーへいが顔を上げ、再び頭を下げる。〝最後に一礼する〟というのはこのことか。


〈わかったかい?〉

〈うむ、やってみるぞ〉


 しょーへいが見守ってくれる中、二回頭を下げ、二回手を叩いた。

 ペチペチとしか音がしないのが悔しいな。

 そのまま、手を合わせて俯き気味な姿勢で願いを……。


 ――ん? 私の願いは何だ?


 すぐにでもエルムヘイムに帰ることか?


 いや、しょーへいを置いていくことはできない。

 しょーへいが誰かを来世へと見送る度に、私はしょーへいの側にいて元気づける。そう約束したばかりではないか。


〈ちなみに、うちの先祖は学問の神だ〉


 そういえば、しょーへいと一緒にショウテンガイのジンジャに行った時、そんな話をしていたな。


 チキュウはカガクというのが発展していて、エルムヘイムよりも遥かに高度な文明を築いている。

 では、私の願いはそのカガク知識を得ることか?

 既にしょーへいから教わった雷の原理から雷魔法を創り出すことに成功している。チキュウのカガク知識を身につければ私の魔法も更に進化するだろう。


 でもそのためには言葉を覚えなければならない。


 突然、何かに没入したときのように、周囲から聞こえる音が消えた。耳鳴りが始まりそうなほどの静けさだ。


『あな、いとうつくすぃきうぉとめこならんずや』


 老人のようなしゃがれた声で、頭の中に言葉が響いた。しょーへいが使うニホン語とも少し違う気がする。


『なんでぃ、いかいのふぃとなりや。

 いかにわたりこすぃやすぃらねんど、わんがむまんごとたよりのさるけすぃき……』


 どこからともなく視線のようなものを感じる。だが、他にここへきているニンゲンがいるため、気配を確認できない。

 先ほどから魔力視を展開しているが、目を開ければ相手を視認することができるだろうか。


『されんど、ことのふぁのかんべはおふぉきなれんば、すこすぃたすけき。かたことなれんばふぁなすんべかるんべくならむ。

 あなかすぃこすぃたすぃくくらすぃたまふぇ……』


 声が止まった。雑音が一気に聞こえてくる。いったい何だというのだろう。


〈しょーへい、いま念話を入れたか?〉

〈いや、未だにコツが掴めてないからな。俺にはまだ無理だ〉

〈ふむ……〉


 確かにしょーへいは念話という通信方法を選んで話すのが苦手だ。

 念話で済ませればいいことでも、しょーへいは声に出す。いや、念話で話しかけられたことなど、今までに一度もない。


 だが、魔力の糸をつないだ相手でなければ念話はできない。だから、チキュウで念話できる相手というのはしょーへい以外にいるはずがないのだが……。


〈神には話しかけるしかできないのだろう?〉

〈そうだな、少なくとも俺は返事をしてもらったことがないし、返事を聞いた者も知らないな〉

〈そうか……〉


 まさかとは思ったが神というわけでもなさそうだ。信者でもない私にだけ返事をするなど有りえんからな。


〈最後にもう一度礼をするんだぞ〉

〈あ、うん……〉


 ああ、突然の出来事につい頭を下げるのを忘れていた。



【あとがき】

 ミミル視点でなければ書けない内容なので、特別にミミル視点で書きました。

 なお、謎の声が話した内容はねこいりねこさんの、「現代文を古文にする3」を使用し、実際の発音に合わせて手を加えました。正しいかどうかはわかりません。


 この物語はフィクション​であり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。


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