第239話
手水舎で手を洗い、口を軽く
先に中に向かって一礼すると、ミミルが慌てて頭を下げた。
「例え信者でなくても、敬意は払ってほしい」と言っておいてよかった。
ただ、慣れないのか少し動きはギクシャクとしている。
エルムヘイムの文化は中世くらいの西欧に近い印象がある。西欧では礼拝や謁見の際に膝をついたりすることはあれ、後頭部が見えるほどまで頭を下げることはない。元々相手が自分を見下ろすような位置にいるからだ。
だからミミルも頭を下げるということに慣れないのだろう。
〈しょーへい、この彫刻はなんだ?〉
〈これはサンコウの門というんだ。タイヨウ、ツキ、星の三つの光を描いた彫刻がある〉
まずは外から見える太陽の彫刻を指さして説明する。
〈これがタイヨウの彫刻。裏側にツキの彫刻がある〉
〈……ふむ〉
〈ここの梁の間にあるウサギの彫刻にもミカヅキが彫られているから、これをツキとして、タイヨウの裏側のものを星とする説もある。他に星らしき彫刻がないんだよ。見てごらん〉
ミミルの身長でも見やすい場所から指さして他の彫刻なども確認させる。
〈……ほう、他の彫刻があるぞ?〉
〈うん、カエルマ
また日本語にあって、エルムヘイム共通言語にない言葉が出てきた。
まあ、地球の方が圧倒的に色んなものがあるから、仕様がない。
日本語を覚えてもらえば楽になるのは間違いないが、エルムヘイムにないものまで覚えるということは、言語だけでなく知識も増やしてもらう必要がある。
〈あそこにあるプロス
〈そうか、ではあれは何だ?〉
〈ホウオウだな。空想上の生き物で、隣国から伝わって入ってきたものだ〉
〈ふむ、あれは?〉
〈あれはクジャクだ。こっちはツル、バク、カラジシ〉
ミミルに訊ねられる前にこちらから指さして説明を済ませる。
ダンジョンにも似た生き物がいるようで、孔雀はポーフ、鶴はキュラン、貘はタッピリ、獅子はルーヴという呼び名が頭に浮かんだのだが、そのまま日本語で説明した。
実物をまだ見ていないので、どれくらい似ているか判断できないからだ。
〈ここと、ショウテンガイとやらの突き当りにあったジンジ
〈さっき言ったとおり、同じスガワラノミチザネを祀っているが、ショウテンガイの方は彼が住んでいた屋敷からジンジャになったんだよ〉
〈ということは、あそこにしょーへいの先祖が住んでいたのか?〉
〈いや、それはまた違うんだ……それよりも、中に入るぞ〉
〈あ、うむ……〉
いつまでもここで説明をしていては先に進めないので、ミミルの手を引いて門の中へと進んで行く。
門の中に入ると、空気が一瞬にして変わった。
慌てて立ち止まり、ミミルの顔を覗き込む。
〈なんか雰囲気が変わった気がするんだが、ミミルはどう思う?〉
〈うむ、たしかに空気が変わった気がする〉
俺の問いかけに返事を済ませ、ミミルが周囲の様子を見る。
どうやら魔力視を使って確認しているようだ。
〈しょーへい、魔素だ。ここには魔素がある〉
〈本当か?〉
〈まったく……嘘を吐いてどうなる。しょーへいも魔力視で周囲の草木を見てみるといい〉
ミミルの言葉に俺も慌てて魔力視を発動し周辺へと視線を送る。
周囲に生えている草木からキラキラと光りながら魔力が霧散していく様子が見える。ここの草木には魔力が宿っているということか……。
〈ああ、微量だが草木から魔素が霧散しているのが見える。チキュウには魔素はないはずなのに……〉
ここにダンジョンがあるなら、幼い頃から何度も通っているので知っていてもおかしくない。いや、本殿の地下とかにあるなら知る
この神社が造営されたのは千年ほど前のこと。時期的にはゲルマン民族の大移動に重ならない。いや、その前からダンジョンがあったとすればおかしくはない……。
〈ここの魔力は極微量だ。昔、ダンジョンの出口があった可能性がある〉
〈これはダンジョンの残滓、なのか……〉
この神社は現在の京都御所から北西――
案外この地が選ばれたのは、この魔力も関係するのかも知れない。
考えると、他の神社や寺でも独特の空気感があるのを感じたことがある。それもやはりダンジョンに関係するものだったりするのだろうか。
〈しょーへい、進まんのか?〉
〈いや……うん、行こうか〉
ダンジョンが関係するとわかった途端、ミミルが元気になった気がする。
自分がいた世界――エルムヘイムへの繋がりを感じているんだろうか……。
【あとがき】
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
*1 :
建物の梁を支えるために作るもので、形がカエルの股のように見えるからこの名がついています。
*2 : プロスクはエルムヘイム語でカエルを指します。
*3 : 第125話参照
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