第238話

 オーダーメイドの箸は別途郵送してもらうことにして、既製品を包んで持ち帰ることにした。

 次に必要なのは和食器だが、この街で和食器といえば清水焼が最初に思い浮かぶ。また、江戸時代は多くの藩がこの街にやしきを構えていた関係で、地方で作られた多くの焼き物が骨董品として扱われている。

 それら骨董品を眺めるのも楽しいが、ミミルに与える食器を揃えるのならデパートで買えばいいだろう。


 愛車の助手席にミミルを乗せ、骨董品を扱う店が多い寺町へと向かうことにする。


〈どうしてハシなど買うつもりになったのだ?〉

〈ミミルがこの世界で生きていくためには、食事の際の礼儀なども覚えてもらわないといけない〉

〈ふむ……〉

〈それに、明日から夜は近所の店で食べる。ハシが使えないのは少し都合が悪いんだ〉

〈どうして近所の店で食べるのだ?〉

〈新しく店を開店するからな。挨拶まわりを兼ねて、ご近所の店の様子を見てくるんだよ〉


 近所付き合いというのは大事だ。

 特に、飲食店は横のつながりが結構強い。

 それに、個々の店の客や料理を見てどんな客が多いのかを肌で感じるのも非常に大切なことだ。まあ、そこは裏田君が得意とするところなので、力を借りることになると思う。


〈なるほど。ところで、そろそろ昼食時ではないか?〉


 言われて時計を見ると、十二時を少し過ぎたくらいの時間だ。

 ミミルはスマホを持っているわけでもないし、時計を身につけているわけでもない。なのに、どうして気がついたのだろう……。


〈他の人たちも食べに来てるから混み合ってるだろう。少し時間をずらすぞ〉

〈むっ……〉


 ちょうど北野白梅町の南まで来ている。少し離れるが、美味いステーキを出す店があるからそこに行くことにしよう。


〈ついでに案内したいところがあるんだ〉

〈それはどんなところだ?〉

〈簡単に言うと、俺のご先祖様のところだな〉

〈墓か?〉

〈いや、この左側に見える建物がそれだよ〉


 大きな松が生えた境内に、石造りの巨大な鳥居。金色に縁取られた神額の中央には「天満宮」の文字が見える。


〈俺のご先祖様を神として祀ったジンジャという宗教施設だ〉

〈なんだと!〉


 ミミルの驚いた声が車内に響かせ、車は東側の駐車場へと入っていく。


〈この間、ショウテンガイの突き当りにあったジンジャを覚えてるかい?〉

〈うむ、入れなかったところだな。学問の神を祀っているとか言っていたな〉

〈そうだ、あそこも俺の先祖を祀ったジンジャだよ〉

〈なっ……しょーへい、お前は何者だ?〉

〈ちょっと待ってくれ〉


 入口近くに見つけた空きスペースに車を止め、エンジンを切って、ドアを開けて外に出る。


〈俺はただのニホン人だよ。このニホンの王族に仕えた貴族の末裔らしい。いまから千百年ほど前の話だが、ニホンの王の補佐をする役職に就いた者の中にスガワラノミチザネという人がいてね。俺はそのミチザネの子孫なんだ〉

〈ふむ……王族ではないのだな?〉

〈日本では王をテンノウ、王族をコウゾクと言うんだが、貴族はクゲと呼ばれていた〉


 駐車場を出て一の鳥居の前にやってくる。


〈ジンジャの作法を教えるから、覚えてくれ〉

〈私は信者ではないぞ?〉

〈他の者がうやまう何かに対して敬意を示すという意味で作法は覚えて欲しい。それは他の者の心を尊重するということだ〉

〈ふむ、敬意か……わ、わかった〉


 本当の事を言うと、俺も他の宗教のことはサッパリわからない。

 でも数珠くらいは持っているし、教会でのお祈りの仕方くらいは知っている……と思う。


 鳥居の前で一礼すると、ミミルも真似をして頭を下げた。


〈この道の中央は歩かない。神の通り道だ〉

〈うむ、わかった。そのミチザネという人がなぜ神になったのだ?〉

はかりごとに掛けられ、サセン――降格され、遠くに飛ばされたんだ。そして、飛ばされた先で薨去こうきょした。直後にニホンの王子が変死したり、テンノウの寝所に雷が落ちた。それをミチザネのたたりだと当時の人たちは信じ、ミチザネを神として縁のある場所に祀ったんだ〉

〈ここはそのひとつ……ということだな〉

〈そのとおりだ〉


 ミミルは難しそうな顔をして、俺の左手を握ってついてくる。


〈先ほどからウシの像を見かけるが、ウシは何なのだ?〉

〈ミチザネがウシの年に生まれたということ、亡骸を運ぶ際にウシに牽かせたところ、アンラクジという場所で動かなくなったからだとか……他にも色々とゆかりがある〉


 話しながら歩いていると、楼門へと到着した。

 ここでも一礼して中へ進む。もちろん、ミミルも頭を下げる。


 一の鳥居と同じように、手をつないだまま中に入ると、手水舎がある。そこで、作法に基づいて手、口を清めてみせる。

 ミミルもそれを見て作法だと理解したのだろう。手順を真似して手口を清めてくれた。

 神社に初めて訪れる本当の小学四、五年生ならこうはいかないだろう。

 外見が子どもでも、中身が充分に成熟した大人の女性だからこそ安心して参拝できる。


 さて……ミミルも無事お清めを終えたことだし、「三光門」を通って本殿へと参拝しよう。


【あとがき】

 この物語はフィクション​であり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。


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