第237話
食器の受け取り等を済ませ、ミミルと俺は愛車に乗って街に出た。カーナビというのは非常に便利なもので、慣れない場所でも的確にルート案内してくれるので助かる。
二十分後に到着したのは、御室桜で有名な世界遺産、仁和寺の近くにある店だ。専用の駐車場に車を入れて中に入ると店主が迎えてくれた。
「おこしやす」
「どうも、この子の箸をお願いしたいんだけど」
知らぬ間に俺の後ろに隠れていたミミルの肩を捕まえ、俺の身体の前に連れてくる。
「えらいかいらしい娘はんで……。既製品もありますけど、オーダーメイドやと一ヶ月待ちになります。よろしおすか?」
「じゃあ、オーダーメイドで一膳、とりあえずの既製品を一膳もらおうかな」
「へえ、おおきに。ほな、身長と指の長さ、太さを測らしてもらいます。よろしおすか?」
店主がメジャーを持って近くへとやってきた。
〈な、なんだ?〉
〈ミミル専用のハシを作るんだよ。身長と指の長さ、太さを測らせてくれってさ〉
〈ハシとは、あの木の棒か?〉
〈そうだ〉
〈木の棒を専用に作るだと?〉
〈とにかく、測らせてやってくれ〉
ミミルは一度眉尻を下げて仕様がないと溜息を吐き、店主の方へと向き直った。
店主は手早く身長、手の大きさ、厚み、指の長さ、太さ等を計測して紙にメモし、既製品の商品からいくつかの箸を持ってきた。
「こちらにお掛けいただいて、胡麻の一粒ずつを摘んでこちらに移して試しとくれやす」
そう言って店主は席を外した。
恐らく、オーダーメイド用に伝票へとメモを書き写したりする作業があるのだろう。
〈ミミル、ここに座ってハシを試して欲しいそうだ。持ち方は親指、人さし指、中指を使って一本を持って、中指と薬指の間にもう一本を挟む〉
〈こ、こうか?〉
これまでコンビニやとんかつ屋で出てきた使い捨ての箸をミミルは握り箸と言われる持ち方で、ただ突き刺して食べていたからな。そのときに正しい持ち方を教えておけばよかった。
〈いや、ここをこうだ〉
細くて白い指先を摘んで正しい位置へと導いてやると、ミミルも何故かしっくりきたようで、器用に箸先を動かし始めた。
〈ふむ、こう持つと使いやすいようだ〉
〈この皿にある種を摘んで、こちらに移動してごらん〉
〈ふむ……〉
初めて正しい使い方を教わったとは思えないほど器用に箸を操るミミル。
的確に胡麻を摘んで、隣にある皿へと移していく。
実年齢は高いので、見た目の年齢ではできないこともできるくらい、身体を自由に動かすことができるようだ。
〈他の箸も試してくれ。こっちはどうだ?〉
素材と形状が異る箸を渡して使い勝手を確認してもらう。
最初に渡したのは八角形。次に渡したのは流線型だ。他に四角形と小判型の二種類が控えている。
慣れてきたのもあるのだろうが、どの箸も使い易いようで、次々と胡麻の実を移し替えている。
〈どれがいい?〉
〈最初に持った八角形のハシがいい……と思う〉
〈じゃ、八角形のものにしてもらおう〉
全く理解不能な言葉を使って俺たちが話をしているせいか、店主は少し距離を置いていたが、胡麻の移し替えを止めたところで俺たちの方へとやってきた。
「オーダーメイド、既製品共に材料がいろいろあるんです。どれにしはります?」
店主がテーブルに並べたのは、様々な種類の材料から作られた箸。
俺が見てわかるのは竹箸、煤竹、紫檀、黒檀くらいか……
「それぞれ説明さしてもらいます。娘はんやと、軽い方がええやろから、在庫があるものやとこのへんで――」
店主がオススメの素材から順に説明を始める。
最初は竹からだ。竹にも種類があるようだが、特徴は軽さにある。煤竹のように燻されたものはより固くなるらしい。
次は銘木。種類が実に多いが、これも比重が高く重い素材、比較的軽い素材があった。
そして、珍しい素材を使っていると当然価格も高くなる。
「重い方がええという方もいてはりますし、軽いのが好みという方もいはります。色目の好みとかもありますなあ」
店主が次々と説明するのをミミルに翻訳して説明する。
面白い素材だと、アフリカ産のピンクアイボリーという素材を使った箸がすごい。染め上げたようなピンク色をしているが、何も加工していないらしい。
他にもオレンジ色をしたアフリカン・ローズウッド、南米産のカージナルウッド、ブラジルウッドなど珍しい木材で作られた箸が並ぶ。
実は俺が使っている箸はここで買った黒檀製だ。使えば使うほど艶が出て味わい深くなる黒檀という素材が好きだから選んでいるのだが、比重が高く重めの箸になる。
説明が一通り終わると、「こないにぎょーさん種類があると悩まはると思いますよって、ゆっくりしとくれやす」とサンプルを並べた状態で奥へと戻っていった。
〈気に入ったのはあるかい?〉
〈丈夫で長持ちするものがいいからな……〉
ミミルが選んだのは既製品はパープルハートという南米アマゾン産の赤紫色の木材。オーダーメイドの箸はピンクアイボリーだ。
どうやら色優先で選んだようだ。
【あとがき】
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
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