第233話
展望台からの景色には水田くらいしかミミルの興味を惹くものがなかった。遠くに新幹線の線路が見えているのだが、そこを走行する車両までは見えないので仕様がない。
時間帯もまだ六時過ぎで走る列車の数も少ないからな。
少し雑談をして車に乗り込んだ。
今度はルーフトップを開いたまま、初夏の風薫るドライブウェイを走り出す。
〈どうだ、風が気持ち良いだろ?〉
〈そうだな〉
少しワインディングした道を下りていけばそこは隣県。
有料道路を出て平地へと下りていく。
〈なるほど、大きな湖だな〉
〈一周すると二百キロあるからな〉
〈二百キロ……二億ハスケか、よく測ったな〉
〈精密な地図がある世界だからな。それに、
〈ほう……〉
俺が運転席のメーターを指さすと、ミミルはそこを興味深そうに見つめる。走行距離が表示されているが、他の計器も気になっているんだろう。
運転する俺の気が散らないよう、色々と訊きたいのを我慢しているのがわかる。少しプルプルしてるからな。
平地に下り、国道一六一号線に入る。
この合流地点の近くに競技かるたを題材にした少女漫画で登場する場所、近江神社がある。少し足を伸ばして瀬田の方に行けば中二病少女と元中二病男子の恋を描いたアニメの舞台になった場所だ。
ミミルがアニメに興味を持つようなことがあれば連れてくると喜ぶかもな。
そう思ってチラリとミミルに目を向けると、目尻に涙を溜め、とても眠そうに半眼で前を見つめている。バイパスに入ったせいで景色が単調になったからな……眠くなったのだろう。
〈寝てもいいんだぞ?〉
〈う、うん……〉
十分もせずに国道一号線と合流する。五条烏丸まで道なりに進むだけだ。
ぽかぽかと温かい陽気と心地よい風のせいもあって、ミミルは眠ってしまっている。寝顔が実に可愛らしい。
更に二十分ほどで五条烏丸へと到着する。
この近くにも美味い
残念だがこれもまた今度だな。
烏丸通りを右折して北へ向かう。この通りの西側にあるのが高辻町。いまは駐車場になっているが、俺は高校卒業までここにあった家で暮らした。
俺の生い立ちを語る――そんな大層なものではないが、俺自身のことをよく知ってもらうには育った環境を話すのも大事だと思う。だったら、実際にどこで育ったかということくらいは見てもらいたい。そんな思いもあって、少し寄り道してミミルに話そうと思っていたのだが、ミミルは小さな寝息を立てて眠っている。急ぐ話でもない。現在の自宅――店まではあと数分だし、起こすまでもないだろう。
それよりも朝食を何にするかだな。
目を覚ましたミミルは間違いなく朝食を要求するはずだ。
考えているうちに四条烏丸の交差点を抜け、店の前へと到着した。
シートベルトで縛られているというのによく眠れるものだ。
仕様がないのでミミルのシートベルトを外し、助手席から抱えあげる。
「軽いなあ……」
外見上は十一歳だ。平均的な体重はどれくらいか知らない。それに俺の身体能力が向上しているので余計に感覚が狂っている。
〈何か言ったか?〉
〈……え?〉
そっと抱え上げたつもりだが、起こしてしまったようだ。
ミミルがジトリとした目で腕の中から俺を見上げている。
〈家に着いたのなら起こせばいいではないか〉
〈あ、いや……〉
〈下ろしてくれないか?〉
〈あ、うん――そうだな、起こせばよかったか〉
別に悪いことをしているわけではないので、後ろめたい気持ちは一切ない。
助手席ドアの近くで下ろすには狭いので、ミミルを抱えたまま店のドアの前まで移動して下ろす。
店の鍵は俺しか持っていない。一階の鍵だけでは二階の部屋に入ることができないし、二階の部屋の鍵も俺が持っている。
〈ちょっと待ってろ〉
急いで車を店の前ギリギリに寄せて停める。少し道路にはみ出でるが、車両の殆どが軒下に収まった。
店の鍵を開け、ミミルと店内、二階の自室へと移動する。
〈お疲れさま。どうだった、初めてのジドウシャは〉
〈魔力を使わないのはいいが、飛んだほうが早い〉
〈そりゃそうだけどさ、地上では……チキュウでは人が空を飛ぶと大騒ぎになる。だからどこに行くにもジドウシャがある方が便利なんだが……〉
ミミルは俺の前を小走りに進んで先にソファーへと腰を掛ける。足を伸ばして座ることができる方の場所だ。
知らない間にうちのソファのベストポジションに座る権利は「早い者勝ち」になったようだ。
苦い笑みを浮かべ、少し間隔を空けて俺もソファーに座る。
〈この店の、家のある場所は中心地にあって何をするにも便利だからさ、ジドウシャが無くても暮らすることができる。売ったほうがいいと思うか?〉
〈しょーへいのジドウシャだ、好きにすれば良いのではないか?〉
〈まあ、そう思うよな……〉
まあ、店の営業が始まるとなかなか出掛けることなどできないが、海を見に行くまではあの車は売らずに置くことにしよう。
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