第232話
ミミルは海に行きたいと話していたので、念の為に海を埋め立てたり、干拓して畑などをつくっていたか訊ねてみた。
〈海を埋め立てるにも、そのための土がない。だからといって、魔法で生み出した土は時間が経つと魔素へと還ってしまうから使えない。だから埋め立てはできないのだ〉
〈海沿いに山はないのか?〉
〈山を削れば、山の恵みが減るではないか〉
〈ああ、たしかに……〉
それに、山に住む野生動物たちの行き場がなくなる。
元の土地面積が小さいと、生態系が壊れてしまったときに取り返しがつかないだろうな……。
〈じゃあ、エルムはどんな家に住んでるんだ?〉
〈殆どのエルムは
〈またどうして木の上に?〉
王族や貴族が地上に住むのなら、他のエルムも地上に住めばいいと思うんだが……。
〈エルムヘイムではエルムが増えすぎた時代があったと話しただろう? その頃からの習慣だ〉
〈なるほど、土地の有効活用ってことか〉
〈そのとおりだ〉
エルフといえば森の民――そんなイメージが俺にはあるのだが、何かのアニメやファンタジー小説の影響だと思っていた。
でも、実際にこうして話を聞いてみると、小説やアニメの内容もあながち間違いとは言えないかも知れない。
〈ミミルもそんな木の上の家に住んでいたのかい?〉
〈私は王都から少し離れたところにある村の出身だ。土地はあるから地上に木造の家を作って暮らしていたが……王都に招聘されてからは石造りの家で暮らしていた〉
〈独りで?〉
〈いや、妹と一緒だ。妹も珍しい加護を得ていたので、王家より保護されていた。使用人もいる〉
〈そっか……〉
双子で共に暮らしていたとなれば本当にずっと一緒だったのだろう。向こうの世界に置いてきたことを考えると――。
〈寂しいか?〉
ミミルは
だが、小さく肩が震えているのがわかる。
その震えを抑えるように、左腕でミミルの肩を引いて抱き寄せる。
〈そっか〉
またミミルが額を押し付けてグリグリと頭を動かす。
その動きには何か力が入ってなくて、
普段は自分が大人だと偉ぶっているだけに、精神的に弱っている自分を見せたくないのだろう。
とても低い位置にあるミミルの背中を
暦では初夏に入り、既に檜の花粉も終わっているが、頭上にはぼんやりと霞がかかったような薄青い空が広がっている。
眼下には山の緑と琵琶湖の水面、そして数え切れないほど立ち並んだビルや住宅などの人工物が立ち並ぶ。
やはりダンジョンの中の方が美しい……。
比叡山の展望台から眺める景色も素晴らしいが、ダンジョン内の景色に勝てるはずもない。
二層の入口部屋を上がったところと、守護者のいる闘技場を除けば人工的なものが皆無だ。魔物がいなければ自然を満喫することができる。
でも、これではミミルを連れてきた甲斐がないな……。
日本の景色を見せて、ここがどんな国なのかというのを目で見てもらおうと思ったのだが、景色に関してはダンジョン内の美しさに勝てる気がしない。
ミミルのグリグリ攻撃が止まった。少し落ち着いたのだろう。
〈ミミル、大丈夫か?〉
〈ん、何も問題はない〉
見れば足もとのアスファルトにポツポツとシミが残っている。
だがミミルが何も問題ないと言っているんだから、何も言うまい。
そもそも俺が「寂しいか」などと声を掛けたのが悪かった。
〈ここを見て感じたこと、あるか?〉
〈空気が汚れている。下に見える住居が恐ろしく多い。あと、畑はわかるのだが、あの水を張ったところはなんだ?〉
ミミルが指さす方向を右手で点々と伸ばして、具体的に指しているところを確認する。
〈スイデンだな。コメを育てる畑だよ〉
〈ほう、水の中で育てるのか?〉
〈ニホンのコメは水の中に根を張る植物なんだよ〉
ミミルは腕を組んで思案げな表情をし、遠くに見える水田を見つめている。少し泣いたせいか、目元が腫れている。
〈水を遣るのが面倒でそうしているのではないのだな?〉
〈逆に水がなければ枯れてしまうんだ。風で土が飛んでしまうこともなく、大地の栄養をあの中に保つことができると言われている〉
〈ふむ……〉
エルムヘイムは食料を含む多くの資源をダンジョンに依存しており、畑などあっても趣味だと言われる世界だ。
一方、ヨーロッパに最初に米が伝わったのは七世紀から八世紀。
あのフリヒリアナを作ったイスラム系民族、ムーア人がバレンシア地方へと侵略し、インド原産の米を持ち込んで稲作を始めたとされる。
その後、十五世紀になって
エルムヘイムに伝わっていないのなら、ミミルが水田を知らないのも理解できる。
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