第二十四章 ご先祖様
第231話
どうしても運転したいとなれば、広大な私有地を手に入れてそこで運転させるしかないわけで……。
でも、ダンジョンの中なら大丈夫だろう。
だが、さすがに俺の車をそのまま持ち込むというわけにはいかない。舗装路なんてひとつもないからな。
悪路に強い、四輪バギーなんかを選ぶなら大丈夫だと思う。
でもそこまでして運転させるか?
答えは否だ。
あくまでも興味を惹かれたから運転してみたい……というだけのことに違いない。
駐車場を出て、車を走らせる。
〈ジドウシャを操作するにはメンキョというものが必要なんだよ。ニホン国が定めた試験を通った者だけが貰えるんだ〉
〈そうなのか。ではその試験を受ければいいのだな?〉
〈それが駄目なんだよ。ミミルはこのチキュウ上でどこの国にも属していないから、試験を……〉
〈受けられないと?〉
俺はミミルの問いに首肯で返す。
車は烏丸通りに出て、今は北へと進んでいる。
運転しながらチラリと助手席を見遣れば、食事中のように頬を膨らませて前を見据えるミミルがいた。
ここで拗ねられても、俺に何かできるものでもない。
申し訳ないが、放置するしかなさそうだ。
〈そこに見えるのはなんだ?〉
ミミルが指さす先には、小さな石垣で囲われ、木が生い茂った場所が見える。
ここは烏丸通りと丸太町通りの交差点だ。
〈これはキョウトギョエン、このニホンという国の王族の住居跡を中心にした公園だ。いまは、王族は住んでいない〉
〈ほう……〉
〈中には貴族も住んでいたので、跡地が残っている〉
信号が変わって走り出すと、右側にずっと石垣が続く。最初にその石垣が途切れたところにあるのが
幕末の動乱を語る上で忘れてはいけない「
ミミルは左座席に座っているのもあり、俺が邪魔で右側の景色が見えづらそうだ。後部座席に座らせればよかったかな。
一分少々で今出川通りとの交差点へと着く。そこを右折すれば突き当りは銀閣寺だ。
時間はまだ六時にもなっていないが、ジョギングする人たちがちらほらと見える。
〈初めてのジドウシャはどうだ?〉
右折するためにウインカーを出して、交差点の信号を待つ。
〈ふむ、思ったよりも静かだな。エンジンとかの中で何度も爆発が起こっているとは思えん〉
〈あ、そうだ……〉
河原町今出川の交差点、ここに豆餅で有名な「餅屋」がある。
まだ六時前だから開店前なのは当然だが、帰りに寄るのも悪くない。ミミルはまだ和菓子を経験していないからな。
〈どうした?〉
〈いや、なんでもない〉
時間帯が合わなければ立ち寄ることもできない。
変に期待させると、ミミルは必ず食べさせろと騒ぐに違いない。
〈やはり変なやつだ……〉
〈悪かったな〉
ミミルがニヤリと笑ってみせる。
どうやら俺の弄り方を見つけたようだ。
右折した車は直進し、
〈しょーへい、あれはなんだ?〉
〈――ん?〉
ミミルが指さす先には木の屋根の下に巨大な石を削って作った大きな仏像が鎮座している。
名前は子安観世音……だったはずだ。
〈あれはお祈りを捧げるブツゾウというもの――ブッ教の崇拝対象だ〉
〈ほう……〉
ミミルにとっては初めての仏像だ。
石造りで大きなものだが、キンキラキンの仏像よりもこういう素朴な感じの仏像に興味を持ってもらう方が俺としては嬉しい。
あっさりと通り過ぎてしまったので観察することもできず、それ以上の質問ができなかったのだろう。ミミルがとてもおとなしくなった。
〈だんだん道が狭くなってきたな。山も近い〉
〈そうだな。ここから先は山を登っていくんだ。山からの景色を見れば、ニホンのことを学ぶ機会になるだろう?〉
〈ふむ、そうかも知れんな〉
途中、進入禁止の標識があって驚いたが、時間制限が七時から九時となっていた。まだ六時になったくらいだから問題ないが、複雑な時間制限等があるのはわかりにくい。
そうして三十分ほど山道を走ったところで、漸く目的地に到着した。
〈最初の目的地に着いたぞ〉
〈ここはどこだ?〉
〈テンボウダイだよ。車から出てごらん〉
ドアを開けてやると、ミミルは自分でシートベルトを外し、車から降りた。
正面に琵琶湖が見える展望台だ。もう少し行けば比叡山だが、そこまで行くと時間内に戻れそうにない。
〈あれは何だ?〉
〈ニホン語でお願いします〉
面倒だな……とも言いたげな顔をしてから、ミミルは目の前に広がる景色に少し驚いているようだ。
「あれ、なに?」
「琵琶湖です。日本で一番大きな湖です」
後半は答えてもミミルには理解できないはずだ。もしかすると念話でわかるのかも知れないが、俺が最近はエルムヘイム語で話すので翻訳していないはずだ。
〈ニホンで最も大きな湖だ〉
〈小さくないか?〉
〈あの左側に数十倍の大きさの湖が広がっているんだ〉
左側に山が出っ張っているので見えないだけだ。
琵琶湖を見るための展望台だが、残念ながら夜景用という気もしないでもないな。
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