第二十三章 単位

第221話

 店の防犯システムの説明は俺の知識にある範囲で説明を済ませた。

 そもそもカメラで撮影する際、レンズを通して映った内容を電気信号に変換する部分もセンサーなら、飛んでくる赤外線を常時受けている受信機部分もセンサーだ。磁石でできたドア開閉センサーは全く機構が異なる。

 なのに全部センサーという名前がついている。


〈センサーとはなんだ?〉

〈いろんなセンサーがあるんだ。そこからセンサーとはなにか、調べてみたらどうだい?〉

〈おおっ、それも悪くないな!〉


 このひと言はミミルの探究心を擽り、その気にさせることができたようだ。

 実に上手く丸投げできたと思う。


 俺自身は多くの日本人と同じで、「こういうものだ」という認識で使っているものが多い。

 電子レンジ、冷蔵庫、エアコン……それらの中の構造がどうなっていているか、どういう原理で作られているかなど知らなくても使うことができればそれでいいと思っている。

 だがミミルは知らない言葉が出てくれば、その言葉についても教えろと言ってくるからキリがない。


〈ノートとペンを買ってくれ。調べるのに必要だ〉

〈ああ、問題ないぞ。朝になったら買いにでよう〉

〈うんうん、楽しみだ〉


 自室にいくつかメモ用紙は用意しているが、ノートとペンを使って文字を書く練習もして欲しい。

 それなりにいいものを用意したほうがよさそうだ。漢字ドリルとかもいいかも知れない。


〈それで、単位の話だがどうすればいい?〉

〈もちろん教えてもらうぞ。単位が異なればお互いの認識に齟齬がでるからな〉


 あと五十メートルなのか、あと五十ハシケなのかで距離は全然違うかも知れない。そういう意味で、普段使う単位は揃えておく方がいいだろう。


〈ちなみに、一ハシケとはどれくらいなんだ?〉

〈ハシケは――〉


 ミミルは空間収納から何かを取り出した。

 ドスンという大きな音と共に床の上に六角柱の石がごろりと転がる。


〈おい、床に穴を開けないでくれよ〉

〈ここは二階だったな……すまない。これがハシケ岩だ。エルムヘイムにはこんな岩がゴロゴロとある場所がある。すべて同じ大きさなので、エルムヘイムではこれを基に単位を決めている〉

〈へえ……〉


 ミミルが置いた石を観測する。

 これは似たような石を俺も見たことがある――玄武岩だ。

 北西にある豊岡市の玄武洞というところに行けば見ることができる。幼い頃に海に行くときは城崎、竹野や宮津にまで連れて行かれたのだが、そのときに立ち寄った。

 ただ、玄武岩の長さは決まっていない。これは似たような岩石……という程度で考えておけばいいだろう。


 机の中にある工具箱からメジャーを取り出し、長さを測る。

 面白いことに丁度一メートルだ。ただ、重さを測るにはこの石を体重計にでも載せないと無理だろう。

 体重計は風呂場の脱衣場にある。

 そういえば出てきてから測ってないな……。


 ミミルが目ざとく俺の持っているメジャーを指さして訊ねてくる。


〈その道具はなんだ?〉

〈長さを測るための道具だよ。こうすると中から伸びてきて、ここを押すと戻るんだ〉


 メジャーの使い方を教えてやると、ミミルは何やら嬉しそうに机や書庫の高さや幅、奥行きなどを測り始めた。

 まだ単位を知らないので「フリ」でしかないが、とても楽しそうだ。


〈私もこれが欲しい!〉

〈わかったわかった、買ってやるから落ち着け〉


 文明の状況から考えるに、エルムヘイムにはこういう巻き尺型のメジャーなど存在しないだろう。いや、長さの単位を訊くのに空間収納からハシケ岩を取り出す時点で間違いなく存在しないはずだ。


〈地球の長さの単位はメートルという。イチメートルはその岩の長さとぴった同じだったよ〉

〈そうか、では長さのことで揉めることはなさそうだな〉

〈ここは地球なので、メートルで統一して欲しいね〉

〈うむ……その方がよさそうだな。エルムヘイムの長さはそのハシケ岩が基本だが、地球の場合はどうやってその長さを決めたのだ?〉


 必ずこういう質問がくると思っていたので地上で説明すると言ったことを思い出す。


〈ちょっと待ってくれよ〉

〈うむ〉


 起動してあったパソコンを使ってネット検索をして調べる。


〝一メートルは、光が真空の中を二九九七九二四五八分の一秒間に進む距離〟


 ――無理だ。


 これをそのままミミルに話したところで、二九九七九二四五八という数字がどこから出てきたのかという疑問が湧くに違いない。

 実際、俺の頭の中にも同じ疑問が湧いている。

 それに、一秒間という時間の単位が出てきているので、そちらの説明もしなければならない。


 こうして何かの単位の説明をしようとすると、他の単位が関係してくるのでどうしても説明が複雑になる。


 これは本格的に腰を据えて説明する方が良さそうだ。


〈わかった、しっかりと整理して説明することにするよ〉

〈まあ、なんでもいい。エルムヘイムと比べて考えればよいのだから、理解できるだろう〉


 さて、整理して説明するにしても、何から説明すべきか考えるのも難しい。どうしたものか……。

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