第220話
ミミルの大きな目から涙が溢れ、一筋の雫が頬を滑るように落ちていく。
〈ごめんなさい。あのとき私はここがチキュウというところであることも知らなかった。魔素がないことは気づいていたが、チキュウ人がそんなにも短命だとは知らなかった……〉
ミミルは俺がダンジョンに入って魔物を倒すまでの成り行きを思い出して謝罪しているのだろう。
〈いや、別にそのことは気にしなくていいぞ〉
〈ど、どうして?〉
〈時間は戻せないからな……それよりもこれからどうするかだ〉
また頭を撫でてやる。
洗いたての髪はさらさらと指通りがよく、撫でている俺の方まで気持ちよくなってくる。
〈……やはりしょーへいは変なやつだ〉
〈おいおい〉
ミミルがグリグリと額を俺の胸に押し付けてくる。これはミミルなりの照れ隠しなんだろうな。
でも、頼むから俺のシャツで鼻をかまないでくれよ。
〈なあ、ミミル〉
再度俺が声を掛けたことでミミルのグリグリが停止し、クシャクシャになった前髪の間から赤い瞳が俺の目を見つめる。
〈なんだ?〉
〈このチキュウという星で俺が百歳を超えてなお生き続けるためにも、ずっと俺の側にいてくれないか?〉
〈な、なんだ突然……求婚のつもりか?〉
俺の言葉に反応し、明らかにミミルが
俺にとってミミルは……恋愛対象というよりも感覚的には娘に近いんだよな。
〈まあ、求婚というか……ハンリョとして側にいて欲しい。ハンリョというのは行動を共にするという意味で、まあジンセイのハンリョというと結婚を指すんだが……〉
人生や伴侶に該当する言葉がなくて困る。
思わず溜息を吐いてしまうが、仕様がない。
言いたいことが半分も伝わらないような気がして不安になるが、伝わっていると思うことにしよう。
〈何年先のことになるかわからないが、誰かを見送る俺が壊れてしまわないように支えてくれないか?〉
〈それは私も同じことだ。私にできるのはしょーへいの側にいること、しょーへいにできるのは私の側にいること……ということだな?〉
〈ああ、そのとおりだ〉
同じような立場の者同士で支え合わなければ俺は間違いなく狂ってしまう。
ミミルもダンジョンの向こう側……エルムヘイムにいたときは皆が長命だったから「永遠のお別れ」の経験は少ないはずだ。
今後地球にいればミミルは嫌でも誰かと親しくなり、その誰かを見送らなければならなくなる。
いま、ミミルは妹や仲間と離れ離れになり、たった独りでこの街に来てしまった。激しい喪失感を孤独感を感じていることだろう。
いまは俺がミミルを支える番だ。
〈では、泥棒対策のことは教えてくれるのか?〉
〈それは無理だ。ただ、ミミルが俺達が使うニホンゴを覚えれば自分で調べられるようになるぞ?〉
〈でも、ヒラガナとカタカナは覚えたぞ?〉
〈まだカンジがあるし、文法も覚えないといけないじゃないか〉
ミミルは自信たっぷりに返事をする。
恐らくだが、エルムヘイムの多数ある言語もいくつか覚えているのだろう。「知」の加護がかならずうまく働くはずだ。
〈だ、大丈夫だ。必ず覚えてみせる。でも少しは教えてくれるんだろう?〉
〈俺ができることは知れているけどな……〉
〈それでもだ〉
ミミルはまた頭をゴリゴリと俺の胸に押し付けてくる。
その絶妙な力加減と、ミミルとの密着感に少し安堵しながらまた頭を撫でる。
〈俺が知っている範囲のことは教える。それ以上のことは自分で調べられるようにできるかい?〉
〈仕様がない。それで我慢する〉
〈いい子だ〉
急に顔を上げて俺を睨みつけるミミル。
少し頬が紅潮しているが……
〈子どもじゃない〉
言って、何故か幸せそうな笑顔をつくると、また頭をゴリゴリと押し付けてきた。
ちょっとミミルの感情を測りかねるが、「いまは嫌じゃない」ということなんだろうか。
このゴリゴリは一分くらい続いた。
泣いた後の鼻をシャツでかむような漫画的な展開はなかったので安心だ。
すると、ミミルが
〈それで、泥棒避けはどうするんだ?〉
〈これから工事する予定だが、上に紐のようなものが出ているだろう?〉
事務所部屋の天井にある穴から出ているコードを指さして話す。
〈ジンカンセンサーというのがつく。体温がある者を見つけ、それを察知してくれる道具だ。窓には破壊センサーと開閉センサーというのがつく。
〈センサーとはなんだ?〉
〈察知する、検知する道具。魔道具じゃなくデンキで動く〉
〈またデンキか……〉
俺にとっては逆に何でも魔素や魔力で動く世界の方が不思議でたまらない。まあ、これが魔法文明と科学文明の違いというやつなんだろうな。
〈そうだ、チキュウはほぼデンキで満ちている……といっても過言じゃないんじゃないかな〉
最近ではオール電化の家も多いからな。
車も電気だし、違うのは飛行機くらいのものか?
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