第219話
防犯システムを説明するのに各種のセンサーとカメラのことを説明しないといけない。
カメラを説明しようとすると、レンズやセンサーを説明しないといけないし、それを記録、送信する手段として電気信号化することを説明しないといけない……。
多くの日本人はそんなこと考えずにカメラを使っていると思うし、防犯システムのセンサーがどんな仕組みで動いているかとか気にせず使っていると思う。
だが、ミミルはそうはいかない。
「そんなものだ……と割り切ってくれると楽なんだが……」
〈おい、思考がだだ漏れだぞ〉
ミミルがムッとした顔で俺を睨みつける。
頬が少し膨らんでいるところが可愛らしい。
そういえば、ミミルとは念話で繋がっているから下手に考えると読み取られる。つまり、ミミルがわからないように日本語で呟いたところで、ミミルには念話の形で一部が伝わってしまうわけだ。
〈俺もそうだが、多くのチキュウ人はそれがどんな仕組みで動いているか意識せずに使っている。だから、説明しろと言われてもできないんだよ〉
〈チキュウには不思議なものが溢れている。それを見過ごすというのは非常にもったいないことだぞ?〉
〈ニンゲンは百二十歳以上は生きられないし、あまりに多種多様で膨大な情報に囲まれて生きていると混乱して狂ってしまう。だから自分にとって必要なもの、不必要なものを取捨選択して生きてるんだ〉
〈むぅ……では私はどうすればいい?〉
今度は涙目になって俺を見上げるミミル。
――ああ、そうか。
先日も少しだけ意識したが、改めて理解した。
既にダンジョンに入って魔物を倒し、身体が魔素のある世界に最適化されている俺はもう普通の人間じゃない。
あまりに非現実的なので自分の中で整理できていなかったが、俺もミミルと同じ、長命で人外の能力を持つ怪物だ。
ミミルに言われて興味本位でダンジョンに入り、力を借りてツノウサギを倒した。
たったそれだけのことで自分の寿命が何倍にも延びるとは考えもしていなかった。
ここで「どうして先に言わなかった」とミミルを責めたところで時間を
後悔先に立たず、後の祭りだ……ダンジョンという未知の世界に興味を覚え、見た目が幼いミミルに言われるがまま、軽率な行動をとった俺が悪かった。
今後ダンジョンに入ることを止めれば、俺は普通の人間に戻れるだろうか。
ミミルから聞いた話だと、数年で身体から魔素が抜けていくという。
だが、それはミミルの故郷――エルムヘイムでの話。
少しでも魔素が残った状態に戻るのが数年、地球のように全く魔素がない状態に戻るには……事例がないのでミミルにもわからないだろう。
ということは、俺はこのままミミルのように老いることなく、周囲の人々を見送りながら生きていくことになる。
「悲しくて、辛く、苦しい――長い長い人生になりそうだな」
そう呟いて、まだ俺を見上げたままのミミルへと視線を落とす。
左腕をミミルの肩にまわし、抱き寄せる。
女の子の身体らしい柔らかい感触が俺の胸元あたりに密着する。
ミミルの目は急に抱き寄せられて驚きに染まっているが、特に俺を拒否するようなことはない。
他の人達とは違う、長い長い人生を共に歩むことができる唯一の存在――それがミミルだ。
〈俺が寄り添うから〉
右手で優しく頭を撫でる。子どもにする撫で方とは違う、愛しい人を撫でるような……そんな撫で方だ。
ミミルは怒り出すこともなく、ただコクリと首を縦に動かした。
〈その代わり、ミミルも俺に寄り添ってくれるかい?〉
俺の言葉にミミルは頭を上げ、じっと見つめてくる。そして特に返事はせず、ただコクリコクリと二度首を縦に振って笑顔をみせた。
俺がダンジョンでツノウサギの止めを刺したときから二人は運命共同体になったと言えるだろう。
とりあえず、俺のように今後老いること無く、親しくなった人達を見送り続ける宿命を負う人が増えないよう、ダンジョンの扱いは注意しなければいけない。
〈ミミル、明日から店で働く人がやってくる。どんな理由があってもダンジョンのことは言ってはいけない。いいな?〉
〈どうして?〉
〈ミミルがいたエルムヘイムではみんな長生きなんだろ?〉
ミミルは少し呆れたような表情をして、首肯でのみ返事をする。
〈チキュウでは精々百歳くらいまで生きれば長生きだ。でも、ダンジョンに入った俺だけはその何倍も長生きする。つまり、これから俺は親しい人が自分よりも先に死んでいくのを見続けなければいけない〉
〈うん〉
〈俺はそんな悲しくて寂しい生き方をしないといけない人を増やしたくない〉
〈親しい人たちもダンジョンに入ればいいではないか〉
〈俺が親しい人にとって親しい人はどうすればいい? 更にその人たちの親しい人は?〉
〈そ、それは……〉
またミミルの目に涙が浮かんでくる。
今度は何が悲しいというのだろう。いろんな表情を見せてくれるが、この表情もいままでに見たことがない。
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