第214話
ミミルによると、入口から上がってきた場所は、第三層の太陽が昇る方向を向いているらしい。つまり地球で言うなら東向き。海も東側にあるということだ。
第二層との違いは、草原のど真ん中にあったような建造物はないところだ。
そして、第三層に現れる魔物は先日の話にもあったとおり、賢くて狡猾、動きも素早くて獰猛な魔物が増えるらしい。
また、少し方向がズレるが稲や小麦に似た植物も自生しているらしく、エルムヘイムの人たちの主食になっているらしい。料理人としてどうしても興味が湧いてくる。
〈どんなものなのか気になるか?〉
〈そりゃ料理をするなら気にならないニンゲンはいないだろう〉
〈これがヴェータというものだ〉
ミミルが空間収納から布袋を取り出し、その中身を少量手にとって俺に見せてくれた。
どう説明すればいいだろうか……大きさは日本人がよく知る米粒の大きさ。だが、内側に巻き込んだような形をしているところは小麦。
見た目は製粉前の小麦……なのかも知れない。
ダンジョン内なので「種子に似たもの」ということなのだろう。胚に当たる部分が見当たらない。それに、籾殻や糠は一切残っていない。
〈粉にすればチキュウのパスタやパンのようなものを作ることができるし、水で煮れば先日食べたリゾットのように食べることもできる。味は……〉
〈味は?〉
ミミルは手にとったヴェータを布袋に戻し、俺に差し出した。
〈自分の手で試してみてはどうだ?〉
〈それはいいんだが……エルムヘイムではどうやって食べてるんだ?〉
〈粉にしてチキュウのパンに似た、
ベントウに入っていたもののように、柔らかく煮上げたものを他の料理と共に食べることはない〉
ベーコンや塩漬け肉、ソーセージなどの腸詰めの扱いはまだ聞いていないが、空間収納がある世界なら保存食を作る習慣は薄れているかも知れない。そこはあまり期待できないが、少なくとも煮ること、焼くことを中心とした料理となると昔の欧州の食生活に近いと感じてしまう。
〈そうなんだな。でも粉にするにも石臼が無いからな……〉
いまでは珍しい石臼だが、蕎麦屋などでは普通に使っているところが残っている。それに、自分で大豆を擂ってきな粉を作って食べる甘味処もあるので恐らく通販で買えるだろう。
どんな性質で、どんな料理に向いているのかはとにかく試してみないとわからないからな。
〈まあ、好きにすればいい。それよりも、この先のことだ。この層では肉や魚は入手できない。ヴェータを手に入れて、第二層までに手に入れた肉や草で凌ぐことになるのだが……〉
ミミルは海があるという東の方向から西へと向き直り、指で方向を指し示す。方向は西だ。
〈出口はこの方向、食料があればダンジョン内の三日で守護者に辿り着くだろう。だが、ヴェータを手に入れるならこっちに行く必要がある。少し遠回りになるので五日はみておく必要がある〉
ヴェータはここから南西に進んだ場所に自生しているらしい。
他の野菜はどうなのだろう。アブラナ科の植物、セリ科の植物は既に魔物として現れたので知っているが、例えばほうれん草、イモ類、豆類などは手に入らないのだろうか。
〈他の野菜はどうなんだ?〉
〈知らん、興味がないからな〉
あまりにアッサリとした返答に一瞬言葉を失ってしまう。
基本、肉以外には興味がないのは知っていたが、ここまで徹底しているとは思わなかった。
〈肉ばかり食べてたら――〉
〈大きくならんのだろう?〉
〈そ、そうだ〉
〈他に自生しているものはあるが、食用として食べているものは限られているし、多くは第一層、第二層にある。この第三層にもエルムヘイムでは広く認知されている草もあるが、食べても大丈夫なのか試した者がおらん〉
ミミルはそこまで話すと、俺の顔をまた見上げ、少し意地の悪い笑みを浮かべる。
〈しょーへいが自分の身体で試すというなら止めはせんが……毒があるかも知れんぞ?〉
〈それは遠慮しておくよ〉
店がオープンする前にダンジョンに自生する植物の可食性を調べて命を落としたくないからな。
こうして考えると、致死性のある毒をもつフグを食べた人はすごいなと思う。
いまは科学的な検査で調べられるとはいえ、それまでにトラフグの内臓と卵は駄目で、白子は食べられることを見つけた人たちがいるわけだ。もちろん多数の犠牲を払ってのことだと思う。
〈この先は群れを成して攻撃する魔物や、木の上に潜んでいる魔物もいる。特にガンムとリューヴは厄介だから気をつけろ〉
かなり真剣な表情で俺を見つめるミミル。
恐らく、ミミルがいても俺が怪我をしてもおかしくない相手……ということだろうか。
まあ、今日のところは第三層の見学が主目的だ。なんだかこれから第三層の攻略を始めるような雰囲気になってしまっているが、俺にその気はないぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます