第212話

 ミミルが第二層の出口部屋に書かれていた文字を読み上げてくれた。後は同じことが繰り返し書かれているらしい。


 なんとなく、どこかで聞いたことがあるような話だ。

 確か旧約聖書では同じように「大地は混沌とし、空虚な闇に覆われた……」などと書かれていたような気がする。また、古事記でも最初は混沌とした世界から始まり、大地ができて神が降臨するとなっていたはずだ。

 どこの世界でも似たような創世神話というものがあるということだろう。


 視点を変えると、男が裂け目を通して熱いものをぶっかけると最初の神が生まれる……スルトを男に、ニフルヘイムの氷を女に例えると命の営みを描いているようにも聞こえる。とても興味深い。


 そんな創世神話をダンジョンが出口部屋に書く……そう考えると違和感が残る。ダンジョンに意思があるとして、それを記すメリットがない。

 逆に創世神話を知らしめることを目的として、誰かがダンジョンを作ったという方が説明がつくような気がする。ダンジョン内の転移石や魔物の配置、出口部屋に書かれた創世神話……恐らくミミルよりも魔法知識を持つ誰かが作ったと考える方が自然だろう。


 エルムヘイム共通言語で意思疎通ができるようになったいまなら、第一層の出口に書かれていた文字の内容ももう少し理解できたのではないだろうか……。

 そうなると第一層の出口も再度見に行きたくなってくる。


〈おい、しょーへい〉

〈ん、ああ……どうした?〉

〈第三層に移動するぞ。そのために第二層を攻略したんだからな〉

〈わ、わかった。行こうか……〉


 ミミルの催促に従い、転移石の前へと移動する。

 手に持ったままのメダルを確認し、第一層の出口のときと同じように転移石にある窪んだ場所に嵌め込む。

 これまた第一層のときと同じで、転移石本体がぼんやりと光り始める。


〈行こうか〉

〈第三層に到着したら地上に戻り、再度第二層の入口に戻るぞ〉

〈なんでだ?〉

〈第三層はまた時間の流れが異なる。最も時間を長く使えるのが第二層だからだ〉


 地球上の一時間は、ダンジョン第二層だと十時間。

 第三層はどうなのか知らないが、効率を考えると第二層に戻るのは意味がある。


〈せっかく第三層に行けるようになったんだ、少しくらいは見学させてくれよ〉

〈仕様がないな……〉


 ミミルは俺を下から見上げ、呆れたような口調で、両手を肩の高さまで掲げる。


 そこまで呆れるようなことかと思いつつ、俺は転移石へと手を伸ばした。

 五日ぶりに操作するせいか、目を瞑るのを忘れてしまい、視界が真っ白に染まる。転移直後の浮遊感が襲う中、視界が役に立たないのは変わらない。


 第三層への転移後、暫く目を抑えて屈み込んでいると、ミミルから声が掛かる。


〈なんとも情けないな……〉

〈五日ぶりなんだ、ミミルみたいに慣れていないんだから仕方がないだろう?〉

〈それはそうだが、早く慣れてもらわないと困るぞ〉


 ミミルはまた呆れたような声で話しているが、いまの俺の目ではその様子がわからない。

 なんとなく、目の前にミミルの魔力と気配を感じるので、そこにいることがわかる程度だ。


 第三層の入口部屋も例に漏れず、薄暗い部屋だ。

 閃光を直視したあと、その環境に慣れるまでには最低でも三分程度は時間が掛かる。

 仕様がないのでそのままの状態でミミルへと訊ねる。


〈第三層の時間はどれくらいの感覚でいい?〉

〈そうだな……チキュウの一日が、第三層では七日半くらいになるはずだ〉

〈じゃぁ、ゆっくりできそうだ〉


 ダンジョン第二層よりは遅くなるものの、時間を有効に使える点では変わりがない。


 緩々ゆるゆると視界が元に戻ってくると、目の前でミミルが変顔をしているのが見えた。どうやら、俺が暫く目が見えないのをいいことに、からかっているようだ。

 ここでそれを咎めるよりも、ミミルの百面相を見せてもらった方が後々楽しいことになりそうだ。

 そのまま何もなかったように指の隙間からミミルが俺をからかっているのを眺める。


 両頬を引っ張ってみせたり、鼻を指で上向きにしてみたり、両手を開いて親指を耳に当てひらひらとしてみたり……下唇を持って前に引っ張った時点で我慢の限界がやって来た。


〈ぷっ……ははは、さっきから何やってるんだ?〉

〈な、何もしてないぞ?〉

〈いろんな顔をしてみせてくれてたじゃないか。もうおしまいか?〉

〈ず、ずるいぞ。見えていないフリをしていたんだな〉


 見えてないと思っている俺に対してからかっていたことを棚に上げ、ずるいというのはおかしいと思うのだが……。

 北欧神話に登場したエルフたちはとても悪戯好きだったというから、こうしてミミルが楽しそうにからかうのは気質のようなものかもしれない。


〈悪かったな。もう目は大丈夫だから、簡単に第三層を案内してくれるかい?〉

〈し、将平がして欲しいと言うのなら仕様がないな〉


 外方そっぽを向いていたミミルがチラリと上目遣いな視線を向け、渋々といった感じで返事をする。

 ここでへそを曲げられたら、またご機嫌を取るのが難しそうだ。

 素直に案内してもらうことにしよう。




【あとがき】

将平の某神話に対する知識はそんなにありません。

主神がオーディン、世界樹ユグドラシルがあってエルフ(アールヴ)がいた……という程度しかない前提です。また、ラグナロクはゲームの名前で聞いたことがある……という感じです。

一般的な日本人。高校では世界史を取っていなかった人――の知識レベルだと思ってください。

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