第二十二章 覚悟

第211話

【修正報告】(この報告は数日で削除する予定です)


 エルムヘイム共通言語における長さの単位を「メルト」としていましたが、他の単位には明確な語源を用意しているため、長さの単位も語源を用意して「ハスケ」に変更しています。

 ご容赦くださいませ。


【本文】

 モルクの消えた後には、陶器製の大きなポット……牛乳を運ぶために使う蓋付きの瓶が二つ、丁寧にも立てた状態で現れた。

 他には、第一層のときと同じ大きな魔石とメダルが一つだ。

 巨大な雌牛なんだから肉もドロップするかと思ったのだが、少し残念だ。いやいや、別に肉がドロップしたところで俺たちしか食べられないんだから、処分に困るだけだろう。


 俺は蓋付きの大きな瓶を指さしてミミルに訊ねる。


〈これは?〉

〈モルクの乳だ。美味いぞ?〉


 一瞬、殺菌消毒していない牛乳を口にすると間違いなく腹を壊すだろうと思ったのだが、ここはダンジョン。細菌やウィルスが存在できない世界だ。


〈気が向いたらいただくよ〉

〈そ、そうか〉


 ミミルは手早くミルクポットと魔石を空間収納似に仕舞うと、落ちていたメダルを拾って俺に手渡す。

 これがなければ俺は第三層への入口を開けることができないからだ。

 メダルにはモルクに似た絵が描かれていて、裏にはまた六芒星と文字が刻まれている。


〈これは?〉

〈オウズフムラ、原初の雌牛だ。古代エルム語で〝豊かなる角なし牛〟を意味する〉

〈へぇ……〉


 ボルスティはギレンボルスティの劣化版、モルクはこのオウズフムラの劣化版ってところか。


〈モルクという名前に意味はあるのか?〉

〈古代エルム語の〝母なる牛〟という意味だ。エルムヘイムでは断乳する際は、このモルクの乳を飲ませる風習がある。モルクの乳の方が美味いから、赤子が母乳を嫌がるようになるのだ〉

〈それって、母親としてはどうなんだ?〉

〈私は子を生んだことがないから知らんな〉


 我が子に母乳を嫌がられるって、相当ショッキングな出来事だと思うのだが、本当にそれでエルムヘイムの母親たちは満足しているのだろうか?

 それに、ミミルの意見もまあ、その通りなんだが――なんだかモヤモヤするな。

 とはいえ、十歳そこそこでダンジョンに入り、その後は王家に招聘されて親と離れて暮らしたというなら知らなくても不思議ではないから、ミミルに訊ねること自体が間違っているのだろう。


〈それにしても……まあいい、説教は後だ。まずは出口だな〉

〈あ、うん〉


 説教されるのか……。

 まあ、突然割り込んだわけだし、更にミミルが雷を打ち込んだら俺に落ちたことも考えられるからな。

 あとで正座して話を聞くとしよう。


 開いた出口へとミミルと二人で歩く。


 扉が開いてすぐの場所に出口らしき石造りの門があり、そこから下へと降りるための階段があった。

 中は薄暗い印象を受けるが、第一層のときと同じでぼんやりと壁や天井が発光していて外ほどではないが明るい。

 床は石造りの階段、壁面は削り出されたような印象をうける壁だ。


 階段を下りると、数歩進んだところで広い部屋に出た。

 第一層と同じような構造で、正面に転移石らしきものがあるのも見えている。


 部屋に入り、転移石に向かって右側の壁に目を向けると、第一層と同じように文字が掘られていた。


〈世界の始まりは広さも深さも測ることができない、ただただ茫漠とした巨大な淵……空虚な裂け目だけが存在した〉


 ミミルが俺の隣にやってきて、中身を読み上げてくれる。


〈あ、ありがとう〉

〈面倒だが、約束だからな〉


 ミミルが俺を見上げてニヤリと笑みを零す。

 内心ではダンジョンに関する知識を共有できるのが嬉しいのだろう。いや、俺がダンジョンに興味を持っていることが嬉しいのか?

 よくわからんが、とにかくミミルの笑みにはどこか嬉しさのようなものが混ざっているような気がする。


 ミミルが読み上げるのを少しでも聞きやすいよう、俺はミミルの左肩を抱き寄せた。


〈うん、よろしく頼むよ〉


 なぜかミミルは身体を硬直させたが、すぐに右手で文字を追いながら読み上げる。



 その虚無の淵に裂け目から流れ込んだ塵が集まり、熱を持ってドロドロと溶けて集まり、灼熱の陸地を作った。

 更に、残った溶けた塵が人の形となり、この世界の最初の住民となった。後の人々はこの最初の住民をムスパルと呼び、この灼熱の世界のことをムスパルヘイムと呼んだ。

 やがて、ムスパルから巨人スートが生まれ、燃える炎の剣を振り回してムスパルヘイムを守護するようになった。

 一方、虚無の淵の逆側には闇と霧に閉ざされた極寒の世界が生まれた。

 ここは後に霧の国――ニフルヘイムと呼ばれるようになった。

 極寒の地、ニフルヘイムには泡を出しながら湧き出す泉が生まれ、幾つもの川がそこから流れ出した。この泡には毒が含まれていたが、ニフルヘイムの極寒の気候ですぐに凍ってしまった。

 凍った氷が押し出され、虚無の淵にまで流れると、スルトが振り回す炎の剣から飛び散った火に触れて溶け、蒸発した。

 だが、ニフルヘイムの寒さですぐに凍り、巨大な氷の山となった。

 この氷がニフルヘイムの熱風に溶かされて水となり、その水の中に宿った生命のひとつが、オウズフムラである。

 飢えたオウズフムラは氷の山を舐めた。その氷の中から最初の神――ブーリが生まれた。



【あとがき】

 最後の壁面文字の内容は……言わなくてもわかりますよね。

 少々アレンジを加えています。

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