第210話
轟音とともに、また雷が落ちる。
一気に出力を上げてしまえば、モルクが死んでしまう可能性があるので、ミミルも試行錯誤しているようだ。
少なくとも落雷した瞬間、目の前が真っ白に輝き、それなりに電気が身体を流れるのでモルクは怯んでいる。
俺が最後に止めを刺せるよう、懸命に手加減しながら戦うミミルの姿を目にして、俺は自分に問いかける。
――こんな安全な場所で見ているだけでいいのか?
食べ物や調理器具などは空間収納に入るから気にならないが、俺は入れられない。こうして見ていることしかできない俺など、ミミルにとっては役立たずで、ただのお荷物でしかない。
目線の先でミミルがモルクの突進を躱す。
見た目が幼くて仕草や表情が子どもっぽかろうが、実年齢が百歳を超えていようがそんなことは関係ない。
俺が恐れていたように、ここは死と隣り合わせの場所だ。
いくらミミルが強いといっても、予想外の何かがあれば死ぬ可能性もあるだろう。
逆に俺が戦っても、いざというときはミミルが手を貸してくれるし、守ってくれる。なのにそれを忘れて怖がるなんて、ミミルを俺が信頼していない証拠だ……。
ミミルはそんな俺のためにモルクを弱らせようと戦ってくれている。
考えると自分に腹が立ってきた。
「冗談じゃない! 俺のせいでミミルを死なせてたまるかよ!」
叫ぶと共に、俺は観客席の壁を飛び越え、走り出す。
まだ身体強化していなかったが、走りながらイメージだけで魔力を循環させて強化し、右手で鞘から短剣を抜き取る。
身体強化された俺の身体は、モルクのいる五十メートル先までを
もちろん止まれるわけがない。
身体強化した脚で地面を蹴り、モルクの頭上へと飛び上がる。そして、無意識のうちに魔力強化され、緋色に輝く短剣を額に向けて投げつけた。
直径五十センチの丸太を、何の抵抗も無く切り飛ばす短剣がモルクの眉間に突き刺さる。
途端に鳴り響くモルクの鳴き声。
痛みに耐え、怒りに燃える低く強い声に、ビリビリと身体が痺れるように振動した。
「こんなにでかい声だったのか……」
観客席で聞いていたときの何倍もの声量で叫ぶモルク。
その声に痺れるような感覚を覚えつつ、俺はモルクの背中に降り立つ。
とても大きな背中だが、掴むところがなければ振り落とされてしまう。
慌てて左手の短剣を抜き取り、直ぐに魔力強化を施す。
再び緋色に輝く短剣をモルクの背中に何度も突き立てる。
〈しょーへい、まだ早い! 下がれ!〉
〈嫌だね!〉
モルクは俺の位置を把握しようとしているのか、
今度は比較的平らなモルクの背中を蹴って、俺はその首の付け根へと移動した。
ここなら長い尻尾で
――それに、ちょっと大きくて扱いにくいが。
俺は短剣を右手へと持ち替え、空いた左手でモルクの耳の付け根にしがみついた。
耳の先はいろいろな方向へと動かすことができるようだが、根元を持ってしまえば動きはかなり制限される。
「ウラァッ!!」
一番近い弱点――耳の下、頭蓋骨と頚椎の隙間を狙って緋色に輝く短剣を振るう。
巨体なだけあって、一メートル近くあるのではないかと思うほどモルクの首は太い。だが、俺の身体強化に加え、魔力強化されたミミル特製の短剣の切れ味の前では豆腐みたいなものだ。
ぬるりという感覚と共に刃先が首の肉を切り裂き、頸動脈を切断する。
またモルクが痛みに耐え、怒りを込めて鳴き声をあげる。
全身を襲うビリビリと痺れる感覚がとても不快だ。
短剣はそのままモルクの頚椎にまで達するが、さすがに抵抗が大きい。
切断を諦めてモルクの首から真っ直ぐ引き抜くように短剣を抜き取ると、一気に血が吹き出した。
モルクは鳴き声を上げながら首を左右に振って俺を振り落とそうとする。もちろん、俺はそれに抗うように左腕に力を込め、耳から振り落とされないようにしがみつく。
二十秒ほどして、多くの血を失ったモルクが膝を折り、地面へと崩れた。
〈まったく、どういうつもりだ?〉
ミミルの声が聞こえ、そちらへと目線を向ける。
どうやら俺が突然戦いに参加したことが不満らしい。
頬を膨らませ、両腕を組んで俺のことを睨みつけている。
〈いや、ミミルが必死に戦ってくれているのを見てな。なんだ……〉
虫の息になったモルクを横目に、耳から手を離して地面に降りる。
〈ミミルが怪我するのを見たくなかったんだよ〉
〈私がモルク程度の魔物に遅れをとるとでもいうのか?〉
〈居ても立っても居られないほど心配になったんだよ〉
〈む、そ、そうか……〉
何故か照れたようにミミルは俯くと、溢れる笑みを隠すように
俺がモルクの眉間に刺さった短剣を抜き取ると、モルクはキラキラと光を散らしながら魔素へと還る。
その全てが魔素へと戻ったあと、モルクが入ってきた門がまた軋む音を立てながら開いた。
そこには第三層へと繋がる出口が口を開けていた。
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