第208話
突然、食べたものを吐き出したことでミミルが酷く動揺したが、暫くテントで休憩させてもらい、落ち着いてから片付けを済ませて出発した。
ここまで来てまた四日かけて戻るくらいなら、守護者と戦って無事に出口から出るほうがいい。
〈モルクは私が弱らせる。しょーへいは止めだけでも刺すように〉
〈ああ、わかったよ〉
ミミルは管理者なので必ずしもその必要はないが、俺が第二層から第三層へと行くためには、何らかの形で戦いに参加していなければいけないのだろう。
胃がひっくり返ったか思うほど激しく嘔吐した後というのもあり、俺は少し憔悴していた。
三十六歳という年齢に、職業柄どうしても食生活が不安定なのもあって俺はそれなりに腹も出ていたし、頬も少し
それでも、止めだけならなんとかなるだろう。
野営地から歩きだして一時間ほど経つと、また遠くに大きな闘技場のようなものが目に入った。
第一層の闘技場は円形ですり鉢状になった場所に、段差のついた観客席のようなものが用意されていた。一方、今回の闘技場は地面に穴が開いているような感じで、草原の中に石造りの建造物が埋もれている……そんな印象を受ける。
地面を掘って作られた場所であることには変わりがなく、明らかに地表よりも上に建造物をつくることを
〈あの闘技場で戦うのか?〉
ミミルに訊ねる。
第二層の守護者は巨大な雌牛が相手だとミミルが言っていたが、だとしたら闘技場というより闘牛場というのが正しいような気がしてくる。
〈そのとおりだ。第一層のときのように大量の魔物が湧く場所があるわけではない。安心していいぞ〉
ここから闘技場までは魔物が出ない――ということなんだろう。
その後、一時間程度かけて歩くと、闘技場の入口が見えてきた。
普段は魔物の領域を通り抜けるため、半日で進む距離は十キロそこそこだ。だが、この守護者前までの道のりでは魔物に襲われることもない。既に二時間で十キロ近く歩いている。
さっき、食べたものを全部吐いてしまったが、十キロ歩くだけなら何も辛いことはない。
闘技場へと続く階段の前で、全体を確認する。
闘技場全体の大きさは直径百二十メートル程度。実際にモルクと戦う場所となる中央の広場は直径七十メートルくらいの円形になっている。第一層の闘技場は、中央部分に舞台のようなものがあったのだが、こちらは平らな地面。石舞台になっているわけでもない。ただ、黄色い土で覆われている。
観客席は二階建てになっていて、石造りの屋根が穴の周囲をぐるりと囲んでいる。
視線を動かすと、入口の対側には巨大な鉄冊のようなものがある。高さは二階建ての闘技場の屋根まであるので、十メートル近くあるはずだ。
恐らくその向こうにモルクがいるのだろう。
俺とミミル、他には誰もいない通路に立って、もう一度あたりを見回してみる。
ダンジョンの守護者と戦うためだけにこの闘技場は作られているのだろうか?
もしそうだとしたら、この闘技場にある観客席は誰が座ることを想定しているんだろう……。
元々は何か目的があって作られたものなのだろうか……本当に理解に苦しむ。
〈ミミル、この観客席のようなものは……〉
〈同時に守護者と戦える数は限られているからな。エルムヘイムでは順番待ちをするのに使っていた〉
〈なるほど……〉
いま、ここには俺とミミルしかいないから不審に思うだけで、他にもダンジョンに入っている者がいれば守護者前は混み合うのだろう。
だからといって、誰かが戦うところを見る意味があるのかというと……どうなんだろうな。
自分が守護者と戦うのでさえ、緊張しすぎて吐いてしまうくらいだ――目の前で他人の生き死にを見ることになると思うと、俺なんかは耐えられないと思う。
それにミミルの返事からすると、便宜上そんな使い方をしているということだ。
実際のところは誰のためにこの観客席のような場所が作られたのかはわからない。
〈何かの目的があって作られたものなんじゃないのか……〉
〈というと?〉
〈チキュウでは娯楽のためにこういう施設が作られるんだ。だから、ここもそうなんじゃないかと……〉
以前、夢に出てきたフリヒリアナの街から百三十キロほど離れたところにロンダという街がある。
そこには世界遺産に登録されているモンテ橋というのがあるのだが、最古の闘牛場というのもある。
ここは全体が地面に埋もれていることを除けば、その闘牛場に似ているような気がする。
〈しょーへいは考えすぎだ。このような建物を作ると、どこか似通うものが出るのではないのか?〉
〈そんなもんか……〉
〈そんなもんだろう〉
どこか遠くを見ながらミミルは返事をする。
恐らく、他の層にも似たような施設があるのでそれを思い出しているんだろう。
〈しょーへいはそこで見ているといい〉
ミミルは何の気負いもなく観客席を指さし、振り返ることなく闘技場の中央に向かって歩いていった。
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