第197話

 弾のない固定砲台と化したナーマンを相手に、俺は自分が使うことのできる魔法をすべて試してみた。

 結果、ナーマン相手だと水、氷、土……このあたりの俺の魔法は殆ど通用しない。分厚い体皮、それを覆うように生えた体毛に阻まれて、ダメージを与えられない。

 但し、骨がない鼻の裏側や腹部は比較的弱い部分だということがわかった。

 エアエッジやエアブレードを除き、俺ができる魔法は小さな塊を作って高速射出する程度しかできないから、分厚い外皮や毛のクッションを突き抜けるようなことはできないってことだろう。


〈しょーへいには嗜虐嗜好があったのか……〉


 そのひと言に、俺の行動をミミルがずっと見ていたことを思い出した。

 慌てて声の方へと目を向けると、そこには何やらおぞましいモノを見るような目つきで俺を見るミミルがいる。


〈あ、いや、そんなつもりはない。あくまでも俺の攻撃がどの程度通じるかというのを確認するためだ。このナーマンには申し訳ないが……〉

〈いや、しょーへいが何を考えてこんなことをしているかは理解しているが、石や水球、氷塊を叩きつけたところで効果が無いのは知っているだろう?〉


 分厚い外皮に毛のクッションがあればダメージが軽減されてしまうことは俺も最初の攻撃で理解していたはずだ。中身を晒しだしている口であればダメージが与えられた。


〈このような魔物は何かをぶつける攻撃や、打撃系の攻撃はあまり効果がでない。毛の隙間を抜けて、外皮を突き破る――刺突、貫通系の攻撃が有効だ〉

〈なるほど……〉


 言われてみれば、エアエッジでは腹部にしっかりと魔力の刃が突き刺さった。

 魔力の刃なので霧散して消えてしまうが、毛の間を通って硬い外皮を突き抜け、腹へと突き刺さっていたのは間違いない。

 エアエッジ、エアブレード共に込めた魔力の量で刃の強さが変わる。

 ナーマンの脚の腱を切ることができたのは、それだけ魔力が籠もっていたことと、可動部だから体皮が少し薄かったのが理由だろう。


 そうなると、このナーマンも早々に楽にしてやったほうが良さそうだ。


「悪かったな――マイクロウェーブ」


 エアブレードで鼻と牙を切り落とされ、身動きのとれないナーマンの頭部に向けて電磁波を飛ばす。

 十ギガヘルツを超える高出力な電磁波が一瞬で表皮を焼く。

 辺りに毛や皮が焼け焦げた匂いが充満すると、鼻がなく音を出すことができないナーマンが血の吹き出す鼻から大きく息を吐き、口から泡を吹き出しながら地響きを立てて横倒しに倒れた。

 白目を剥いて痙攣しているところを見るとまだ心臓が停止していないようなので、最後は短剣で心臓を一突きし、止めを刺した。


 末端から魔素に還っていく姿を見送ると、そこに残っていたのは二本の牙だ。

 象牙なら二本の歯が伸びたものなので、歯と同じく中心に神経が通っていた跡があるのだが、ダンジョン産にはそれがない。

 地球では穴が空いていないと偽物として判断されるだろうし、現在は禁輸品なので売ることは容易ではない。


〈この牙を細工して、ナイフの装飾とかに使えないか?〉

〈王族や貴族でもないのだ。飾りなど必要なかろう〉

〈いや、たしかにそうだけどさ……〉


 一番太いところで直径は二十五センチを超えていて、長さも三メートル近くある立派な牙だ。しかも、中に穴がないから歩留まりも高い。

 何の用途にも使われることなく、ミミルの空間収納の肥やしになるのも勿体ないので、ナイフの柄などの飾りにどうかと思ったのだが残念だ。


 一頭のナーマンを倒すのに二十分も掛けてしまったが、いろいろと収穫はあった。

 この領域にいる体毛と厚みのある外皮で守られている魔物は、打撃系の攻撃はあまり効果がなく、刺突貫通系の魔法攻撃が効くということ。


 カニやカメの甲羅のように硬いだけなら叩き割ってしまうことができる打撃系の方がいいのだが、体毛がクッションになることや生きた皮膚なので硬いといってもある程度の柔軟性があることが幸いしているのだろう。


 逆に、表面が滑らかだと槍などは面に対して垂直に立てなければ先が滑ってしまうが、ナーマンの場合は毛が絡んで滑りにくくなる。

 それが刺突貫通系の攻撃が有効な理由だ。


 因みに、短剣による攻撃も身体強化をした状態で短剣に魔力強化を掛けた状態でなければ切れなかった。

 知人の美容師さんの話だと、人間の毛髪でも結構な硬さがあって十円玉で擦ってようやく傷がつく程度なんだとか。ナーマンの体毛は明らかに俺の毛髪よりも太く、それが束になって生えているようなものなので普通の斬撃では切れないのも理解できる。

 毛並みに沿って縦方向にだけ得物を振るえばダメージは与えられるだろうが、そういう動きは短剣向きではない。


 そんなことを考えていると、ミミルが焦れたような口調で声を掛ける。


〈さあ、先へ進むぞ〉

〈そうだな……〉


 ここで考えていても前には進めない。

 このエリアを抜けたら最後の野営、そして明日は第二層の守護者との戦いが待っている。

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