第196話

 その姿は象のように巨体で鼻が長く、とても長い牙が二本伸びている。

 違うのは全身に茶色く長い毛が生えているということと、耳が小さいところだろうか。

 他に地球の象との違いを見つけようと目を凝らすのだが、よくよく考えてみるとアフリカ象とアジア象の違いさえもわからないのにダンジョンの中にいる象らしき魔物との違いなどわかるはずがない。


 毛量が少なそうな場所は遠目からだとわからないし、俺が知っている象の特徴……鼻が長く、前後の足が非常に太く大きいこと以外に気づくところがない。

 足が太いということは、ルーヨのようにエアブレードを使って前足を切り飛ばしてから倒すというのも難しいということ。

 そうなると、ブルンへスタのように肺に穴を開ける攻撃ぐらいしか俺には思い浮かばない。

 明らかに鎧を着込んだサイのような魔物もいることだし、胸に穴を開けることすら難しくなり、更に苦戦を強いられることになるだろう。


 そうなると、魔法だけで倒そうとするのではなく、魔法と短剣を組み合わせるような戦い方が求められる。

 例えば、ストーンバレットを放って視界を奪ってみたり、左前足の関節部分を狙ってアイスバレットを飛ばし、短剣を使って右前足に斬りかかったり……といった陽動的な使い方が考えられる。


〈最初の魔物はナーマン。首が短く可動域が小さいから、近接戦をするなら背後にまわるといい。腹部には骨がないので、弱点と言えるだろう〉

〈わかった、ありがとう〉


 俺はミミルに礼を言うと、はぐれて立っている一頭だけのナーマンへ向かって進む。まだ五十メートルはあるので向こうが気づいて襲ってきても余裕でかわすことができる距離だ。

 右手の短剣を抜き、歩きながら息を落ち着けて魔力を循環させて全身への身体強化を図り、一歩ずつ速度を上げた。


「――ストーンバレット」


 数秒ではぐれナーマンの前に到達すると、五十メートルは離れた場所にいた俺が一瞬で移動してきたことにナーマンは目を瞠って驚き、大きな鳴き声と共に長い鼻を俺に打ち付けようと振り上げる。


 そこに俺の放った石礫いしつぶてが襲いかかる。


 厚い毛で覆われた鼻の下には、無防備な口。

 そこにテニスのサーブほどの速度で尖った石が突き刺さる。


 ナーマンは痛みのせいか、鳴き声をあげて真上に振り上げた長い鼻を振り下ろしてくる。

 鞭のようにしなった鼻を左に避け、そのまま突進されないようバックステップで距離をとる。

 ナーマンは口の中を傷つけられ、喉のあたりで出血しているのか小石と共に赤い血を吐き出し、怒りで血走った目を俺に向ける。


 数メートルも離れてしまえば、蹴られたり踏まれたりということはないだろう。

 心配なのは体当りされることだろうか。大きさがアフリカ象と同じくらいだと考えると、かなりの重さがあるはずだ。

 軽く当たっただけでも、その運動エネルギーは相当量になるだろう。

 いくら俺の身体はダンジョンに最適化され、身体強化のために魔力循環していると言っても、恐らく当たれば一溜ひとたまりもないに違いない。


 ナーマンは鼻を持ち上げ、ひと鳴きするとやはり俺に向かって突進してきた。

 俺は大きく右に跳ねてそれを躱す。

 なかなかのスピードでナーマンは突っ込んでくるが、身体強化した俺にはかすることもないだろう。

 それどころか、ナーマンは通り抜けるときに脇腹を俺に晒している。


「――エアエッジ」


 忍者が使うという苦無くないに似た形の魔力の刃をその無防備な脇腹へと投げつける。

 至近距離で放たれた魔力の刃は、大きなナーマンの左脇腹に突き刺さり、穴を開けた。


「チッ……」


 やはり体毛がクッションになっていることや、外皮が硬いというのもあるのだろう――エアエッジの傷では致命傷にまでは至らない。


 だが、身体が大きくて体重が重いせいで、ナーマンは急に止まれない。

 走り抜けるナーマンを追うようにして背後につき、尻尾をナイフで切り落とす。

 この尻尾程度では何かの素材になることもないだろう。


 魔素を摂取しているダンジョンの魔物が糞をするかは不明だが、象は尻尾でふんを撒き散らすことがあるらしい。これでふんへは対策できると思うし、背後はナーマンにとって死角だから、尻尾を振って触覚代わりにされるかも知れないのも防ぐことができる。


「――エアブレード」


 魔力を込めたリング状の刃をナーマンの左後ろ脚に投げつける。

 身体強化をした状態で魔力の刃を作ったせいか、格段に切れ味が向上しており、投げつけた魔力の刃は膝裏の腱を切断する。

 俺が間髪入れずに右後ろ脚の腱を短剣で切り裂くと、ナーマンは大きく鳴き声をあげ、地響きを立てて尻もちをついた。


 もう立ち上がることはできないだろう。

 巨体を動かすことができないナーマンなど、固定砲台以下の存在だ。


 命をもてあそぶようでナーマンには申し訳ないが、俺自身の実力を確認するためにも色々と試させてもらうことにしよう。


「――ウォーターバレット」


 身動きできなくなったナーマンに対し、俺は一番小さな水球を飛ばす魔法から試していった。

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