第186話
日本に戻ってホテルで働いていると、いろんな人と付き合いができる。
その付き合いでゴルフをすることもあった。
職業柄、大さじや小さじの量を指先やレードルの先で感覚的に量るのは得意なのだが、距離に合わせて力加減をするゴルフのアプローチやパットは大の苦手だ。
ショートホールでピンソバ一メートルにワンオンして、フォーパットというのはよくあったな……。
〈本当に、しょーへいは力加減が下手だな〉
またミミルが呆れた声をあげる。
これで四回目のチャレンジなんだが、風が強すぎて丸太椅子ごと吹っ飛んだのが一回、残り三回は弱くて届かないか、届いてもゆらゆらと
〈うーん、俺はこういうのが苦手なんだろうな……〉
レードルの先や指先の感覚で調味料を量るのは問題ないというのに、不思議なものだ。
まぁ、実際は計量スプーンで図った量をレードルで掬い取る練習もしたからできること。目で見比べることができるからレードルで量を量る方が俺にとっては楽な作業だ。
〈苦手というか、強中弱の三段階調節しかできないのかと心配になってくるぞ〉
〈いや流石に……〉
それはないと言い切れない自分がいる。
実際に、強中弱で言えば、強と中の間になるよう調整できれば上手くいくはずなのだ。
それがどうも上手くいかない。
〈集めた魔素の出口をどうするかということに捕らわれ過ぎているのではないか? 大事なのは、どのくらいの量が、どのくらいの強さで吹き出すかだ〉
〈魔素の量と強さか……〉
〈まったく、世話が焼けるやつだな〉
少し大げさに声を出すと、ミミルは先ほど俺が作った氷の塊を拾い、俺の手に持たせると、火の着いた蝋燭がある丸太椅子の方へと向かって歩き出した。
〈強すぎると消える、弱いと火を消すほどではない……このあたりだ〉
丸太椅子を通り過ぎ、約十五メートルほど離れた場所でミミルは立ち止まり、こちらへと振り返る。
〈その氷の塊を私の足元で止まるように投げてみろ〉
氷の塊は直径約二十センチの球体なので、約四.二キログラムの重さ。女子の砲丸投げ競技で用いる球の重さと同等だ。
ダンジョンに最適化された俺の身体なら苦もなく投げられるが、一般的な男性ならかなり厳しそうだ。
右手のひらに氷の塊を持ち、何度か手を前後に動かして投げる強さをイメージする。
高く投げると、この重さなら地面に落ちると転がらない。
低く強めに投げ、ある程度転がる量を考えて投げなければならない。
「よっと……」
掛け声と共に氷塊を放り投げる。
低く飛び出した氷塊は、十メートルほど飛んで地面に落ち、勢いで四メートルほど転がって止まった。ミミルまで残り一メートルだ。
〈残念……自分で氷を作って、もう一度投げてみろ〉
〈おう!〉
互いに聞こえる程度の声量となると、結構な大声だ。
だが他に誰もいないのだから遠慮なんて必要ない。
瞬時に氷塊を作り出した俺は、再度ミミルの足元で止まるようにとそれを投げる。
同じくらいの大きさの氷塊を、丸太椅子に当てるくらいのつもりで投げると、今度はミミルのいる場所を少し――三十センチほど超えたところで停止した。
〈これなら及第点だろう。次はいまと同じように、魔素が吹き出す勢いそのものを想像して魔力を流しんでみろ〉
実際に氷塊が飛んでいく強さ、速さを見ることで実際に必要な「勢い」を感じることができた。
いまなら風魔法で
〈ああ、やってみる〉
返事を終えるが早いか、俺は手を前に突き出して魔素を集めるイメージを作り、魔力を練るように流し込む。
少しずつ慣れてきたのか、魔力視には直ぐにとても濃い魔素が溜まってきたのが見える。
魔力視で魔素を見えるようにすると、ダンジョン内では草木は輪郭がぼんやりと光っているように見え、視界は全体に靄がかかったようになる。
だが濃密に集めた魔素は白く輝いている。
すぐに充分に魔素が集まった状態になった。
今度はそこから十メートル先にある
すると、ぶわりと魔素の塊が膨れ、一気に――だが俺がイメージしたのと同程度の強さで蝋燭に向かって魔素が吹き出した。
その速度は先ほど投げた氷塊とほぼ同じ。
風は丸太椅子の上に置かれた
〈……成功だな〉
〈ああ、消えたな〉
ミミルの声が聞こえ、やっと成功したと実感する。
実際に魔素が勢いよく飛び出して辺りの空気を巻き込み、
恐らく理由は……。
〈やっぱ地味だな〉
〈仕方なかろう、まだ初歩のうちの初歩だ。先ずは、十回やって、全部成功するようになってもらわなければ困る〉
確かに全部成功するようでないと次のステップへと進めない。
魔法を飛ばす感覚は他と共通するようだからな。
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