第185話
丸太椅子の上に火のついた蝋燭を置いたまま、ミミルが歩数を数えながら歩き出す。そして十五歩目の場所で止まると、地面に空間収納から出した
〈ここから、あの場所にあるロウソクの火を消してみろ〉
魔力で魔素を操り、風を起して離れた場所の火を消す……。
ミミルの歩幅で十五歩は概ね十メートルほど。
思ったよりも遠いのでびっくりだ。
コラプスやエアエッジ、エアブレードを使うときに風魔法を補助的に使っているとはいえ、改めて蝋燭に向かって風を送るという魔法を使うとなると緊張する。
〈最初は半分にしないか?〉
〈あまり近いと制御が難しくなる。最初はこれくらいがいい〉
〈そういうものなのか?〉
〈そういうものだ〉
確かに秒速十メートルというのは初回から作れそうにないが、秒速五メートルくらいならあっという間に消せてしまう可能性がある。
単に風で蝋燭の火を消しておしまいというならそれでもいいが、風の制御の練習もする前提なら、ある程度の距離がある方がいい。
〈――なら、そうするか〉
ミミルの言葉になんとなく納得できたのでミミルが突き立てた杭のところへとやってくる。
蝋燭の炎の正面に立つと、やはり約十メートルという距離は遠く感じる。
やはり半分の五メートルから始める方がいいのでは?
消極的な考えが頭の中を巡る。
〈失敗しても構わん。まずはやってみるといい――魔力視を忘れるなよ〉
〈ああ、わかったよ〉
俺は丸太椅子の上でゆらゆらと揺れる
ミミルの手本を見る際に使った魔力視自体はまだ使えているので、そのまま試すことにしよう。
先ず、蝋燭の方向へと手のひらを向けて掲げる。
ここでミミルの話だと魔素を集めて濃度を高めるということになるんだが、残念なことにミミルから魔素の集め方までは聞いていない。
だが、ミミルが実際に魔法を使ったときの魔力と魔素の動きを見た。
魔素も見えるように魔力視の感度を感覚的に調整し、俺は魔素が両手の先に集まるようにイメージを作り上げる。
魔力を流し込むと、実際に手の前に魔素が集まり、練り上げられて、大きくなっていくのが見える。
中高生が体育の授業で使うバスケットボールの球くらいの大きさに魔素が育ったところで、その集まった魔素を手で掴むようにして蝋燭の方へと押し出した。
秒速三メートル程度の速度でゆっくりと魔素の塊が解けながら飛んでいくと、蝋燭の炎を揺らす。
残念、失敗だ。
〈手の動きは無しでいい。自らが飛ばす姿を想像して魔力を流し込めば済む〉
〈なるほど……他の魔法も同じか?〉
例えば氷槍や炎槍を作ったとして、魔物に向けて発射される仕組みでないといけない。いままでに作ってきた水球や氷塊などもそうだ。
風刃のように持って投げるとしたら、投擲そのものの精度、力などに影響を受ける攻撃方法になってしまう。
〈その魔法を教える段階になれば必ず教えることだ。いまは気にしなくてもいい〉
ジッと俺を見上げ、ミミルが言葉を続ける。
〈物事には順番というものがあるのだ〉
〈まぁ、そうだな……〉
料理も順番を大切にするからな。
俺は作れないが、筑前煮などは火の通りにくい順に野菜を入れていくというし、ミミルの言う順番にも理由があるはずだ。
〈さあ、わかったら練習を続けろ〉
〈はいはい〉
再度両手を掲げ、そこに魔素が集まるようにイメージして魔力を流し込んでいく。
風を起こすには大きさよりも濃さが大事――大きさは同じくらいで、濃度を上げることに注力する。
魔力視を通して見ると、手のひらにできた膜のようなものの先に魔素が丸く渦を巻いて集まってきているのがわかる。
〈そのくらい集まれば充分だ。次はその魔素の球から
ミミルに向かって黙って頷く。
さっきの倍以上の魔素濃度にはなっているだろう。声を出すだけでこの濃厚な魔素球を維持することができなくなって、崩壊してしまいそうだ。
この状態で魔素球から蝋燭の方向へと魔素が流れ出すイメージを作る。
勢いよく出すには出口を小さくした方がいい。
あとは、吹き出す方向をより正確にするにはノズルのように伸びた出口がある方がいいだろう。
風が吹き出すイメージを作り上げ、狙いを定めたところで魔素球に魔力を込めると、魔素球のノズルのような出口から魔素が一気に吹き出した。
〈出口を細め過ぎだ。そこまで強くすると……〉
〈――え?〉
ミミルの声を聞いて俺は慌てて吹き出した魔素の風を確認する。
魔素球から出る魔素の流れはとても細く、実に強く吹き出してはいるのだが、ものの五メートルほど先で霧散している。
「空気抵抗か……」
思わず普段遣いの日本語で声が漏れてしまう。
〈まったく……しょーへいは加減が下手だな〉
どうやらミミルを呆れさせてしまったようだ。
もう一度やり直すか……。
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