第184話

 空気が軽くなって上昇気流が発生し、空気が薄くなったところに周辺の空気が流れ込むときに風になる。

 上昇気流そのものも下から上に向かって吹く風なのだが、ミミルに対しては横向きに吹くものを「風」と定義している形だ。

 しかし、ミミルの説明は違っていた。


〈チキュウでの場合、魔素がないからカガクで説明するような理由で風が起こるという説明で十分だろう。それに、エルムヘイムでも自然現象として風が吹くのだが、それはカガクで説明されるような理由で吹いているのだと思う……〉


 ミミルは自信に満ちた表情で腕を腰に当て、演説するかのように話を続ける。


〈だが、ダンジョンの中やエルムヘイムには魔素が存在する。風を起こす魔法は、魔素に働きかけて局地的に魔素の濃淡をつくり、魔素の濃いところから淡いところへと空気の流れを作るのだ〉

〈なるほど、魔素の濃淡か……〉


〈これはあくまでも理屈だ。だが、しょーへいがカガクの言いなりになっていれば、未だに風刃を投げることもできなかったことだろう〉

〈そうかもな〉


 最初にコラプスを成功させたときは、風のトンネルの中を魔力の塊が回転しながら飛んでいくようイメージした。

 エアエッジ、エアブレードを飛ばすときは、狙った場所に向けて通り道を作る感覚があったのだが、それも俺が無意識のうちに魔力を使って魔素に働きかけ、風を操っていた――ということなのだろう。


〈さて、その濃淡をどうつけるかでいろんな使い方ができる。例えば――ヴィンヴェッグ〉


 ミミルが魔法を唱えると、少し遅れて数歩先の場所に地面から吹き上げるような風の壁が出来上がった。

 魔力視を通してみると、魔力が壁の下――地面に広がって魔素を集めつつ、上方へと放出しているのがわかる。

 どれだけ魔力を込めるかで、壁の厚みや高さ、維持する時間が決まる感じなのだろう。


〈この魔法は風の障壁をつくるものだ。弓矢や他の風魔法を使った攻撃などを防ぐのにいい。そして、次は――ヴィルヴィ〉


 風の壁が消え失せると、ミミルは次の魔法を口にした。

 そのまま魔力視を通して見ていると、ミミルから流れ出した魔力が渦をつくりながら広がり、それに応じて魔素が流れを作るのが見える。

 そしてにわかに風が吹き始め、大きな旋風つむじかぜとなった。


 一面に生い茂る馬酔木あせびのように小さなベルの形をした紫色の花が激しく揺れて散っていく。


〈いまの旋風を作る魔法はこのような群生地での収穫に便利だ〉

〈ああ、そりゃそうだろうな。でもどうやって花や実を刈り取るんだ?〉

〈魔力で刃を作り、仕込めばいい〉

〈なるほど……〉


 刈り取った花や実は魔力を調整した旋風つむじかぜを起こせば自然とその中心に集まってくる。

 それを集めれば収穫は完了ということだ。


〈これを更に成長させることもできるが、さすがにここでは見せられん〉

〈うん、そうだな〉


 旋風つむじかぜを大きくしたら竜巻になるというわけではないが、ミミルが言っているのは竜巻のことだろう。

 ただ魔法を見せるためだけに竜巻を起こしていたら、この辺り一帯が荒れ地へと変わってしまう。

 ダンジョンがそれをすぐに修復するのかも知れないが、広範囲に破壊してしまうのはよろしくない。

 見せてもらうなら荒野のような場所がいいだろう。そんな場所がこのダンジョンにあるなら、だが……。


〈さて、最初は風を作り出すところから始めるといい。私の魔法を魔力視で見ていたのだろう?〉

〈ああ、魔力と魔素の動きを見て理解はできたつもりだ〉

〈よし、では……〉


 ミミルはおもむろに空間収納から丸太椅子と黄色の物体を取り出した。

 これまでに空間収納から出てきたものの中で、この黄色の物体は圧倒的に不細工だ。


〈その黄色いものは何だい?〉

〈これは蝋だ。中に、った糸が入っていて、そこに火をつける〉

〈え、あ……ロウソクか〉


 地球上のロウソクといえば、円柱や立方体などに固められたものが基本だと思うが、なぜかこれはロウソクには見えない。

 器でも作ってそこに流し固めれば少しはマシな形になると思うのだが、これは溶かした蝋を平らなところにポタポタと落として固めたのだろう。それが完全に固まる前に撚った糸を入れて作りましたって感じの形だ。

 エルムという種族は料理に関して雑だとミミルが言っていたが、料理以外もと言っても間違っていない気がする。


〈チキュウではロウソクというのだな。覚えておこう〉

〈あ、うん……〉


 形状は同じ蝋燭ろうそくかと思うほど違うのだが、もう蝋燭ろうそくと言ってしまったのだから仕様がない。

 このままではミミルの中でこれが蝋燭ろうそくと言う名のものになってしまいそうだ。早めに一般的な地球の蝋燭ろうそくを見せておく方が良さそうだな。


 そんな俺の心配を他所よそに、ミミルはせっせと丸太椅子を立ててそこに安定感抜群の蝋燭ろうそくを立てる。

 円柱状の細長い蝋燭ろうそくだと立てにくいが、この形なら倒れたりすることはなさそうだ。


〈――ブロワ〉


 ミミルが小さく呟くと、蝋燭ろうそくの先に火が着いた。

 風魔法でこの火を消す練習をするということだろうな。

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