第183話

 氷というのは水が凍ってできるもの。

 冷凍庫でも、天然の氷でもそうだ。空気に接する部分から水は凍っていく。

 だから、俺の中にある「常識」とも言える先入観が邪魔をして、いきなり氷を作り出すことができないし、中から凍らせることができないのだろう。


 ミミルへと目を向けると、おとがいに指をあて、珍しく地面へと視線を向けて考え込んでいる。

 だが、数秒してその指を外し、ミミルは俺の方へと向き直った。


〈しょーへいは半分正しいが、半分は理解が足りていない〉

〈それはどういう?〉

〈確かに水が凍れば氷になる。だから、水がなければ氷は作れないという思い込みがあると、いきなり氷を出すのは難しいだろう。

 だが、魔法で凍るという事象を起こすには魔力が必要だ〉


 ミミルの言いたいことはわかる。

 魔力を使って魔素に働きかけ、凍るという現象を起こすわけだ。


〈あ、そうか!〉


 ミミルの説明を聞いて理解できた。

 地球側の科学に基づいた常識という枷のせいではなく、俺自身の魔素に関する理解不足も原因だ。


〈やっと理解したか、この鈍感男め〉

〈鈍感?〉

〈いろいろとだな……そ、そんなことはいい。試してみろ〉


 ミミルはなぜか背中を向け、自分の足元を見てブツブツと言っている。

 ただ、鈍感って言葉を使うのもなんだか変だと思うのだが……まあいいか。とにかく、いま言われたことを試してみることにしよう。


 まず、右手の上に水球を作り出し、その中心付近にある魔素を冷却するように意識して魔力を送り込む。


〈しょーへい、魔力視を使え。注ぐ魔力の量を一定にして量を増やせ〉


 目線を水球に固定したまま頷いてミミルに聞こえていることをアピールし、そのまま魔力視を発動する。

 途端に視界に魔力の流れが加わり、波打つように全身を巡って手のひらの上にある水球へと流れ込んでいるのがわかる。

 だが流れ込んでいる魔力の経路はストローでも刺さっているのかという程度の太さしかない。また、俺の呼吸に連動して脈動するように収縮と膨張を繰り返している。


 魔力量を増やし、一定に流れ込むように調整すると、一秒も経たないうちに俺の右手の上には直径二十センチほどの氷の塊が浮かび上がっていた。


「おおっ」

〈おめでとう、あとは何度か氷を作って固定化することだ〉

〈ミミル、ありがとう〉


 ミミルは俺に背を向けると、気にするなとばかりに手をひらひらと動かしてみせた。

 これは地上に戻ったら、感謝の意を込めてまた美味いものでも作ってやらないといけないな……。


 俺は手に持った氷の塊をそっと地面に下ろし、また氷の塊を作り上げる。

 最初の一つと比べて何倍も作りやすい。


 やはり魔力の流れが見えると調整が楽だ。

 先日まで苦労していた魔力のむらを正すのも、魔力量を調整するのも思うがままといっていい。

 事実、十個の氷塊をつくるのに、二分も掛からなかった。


〈もう慣れたものだな。水や石を出すのも今ならお手の物だろう〉

〈ああ、ミミルのおかげだな〉

〈それは当然だが……次は風だ。風はカガクではどう説明している?〉


 どうやらミミルも地球の科学的な視点で見た「風」はどういうものかを知りたいのだろう。

 これくらいなら長さや時間、温度の単位などを教える必要もないのでいいだろう。


〈そこの焚き火から煙が上っているだろう?〉

〈ああ、それがどうかしたのか?〉

〈空気は熱せされると軽くなって高いところへと飛んでいく。その飛んでいく空気に乗って灰や煤が舞い上がっているだろう?〉


 ミミルは慌てて焚き火へと目を向ける。

 煤が上昇しているところは見えないが、たまにまきの皮の部分なんかがひらひらと舞い上がっている。


〈あ、うん。そうだな〉

〈この上に向かって空気が移動するときに発生するのが、ジョウショウキリュウという。そして、空気が上に行ってしまったところはどうなる?〉

〈空気がなくなる……のか?〉

〈いや、周りから空気が流れ込んでくる――が正解だ。その流れ込む空気の流れが「風」というやつだ、つまり……〉


 ジェスチャーを交えて説明することにする。


〈焚き火が燃えると熱せられた空気が軽くなってジョウショウし、そこに周囲から空気が入り込んでくる。その空気はまた温められてジョウショウして……〉

〈わかった。だが、昇った空気はどうなる?〉

〈上にいくと冷えて落ちてくる。このとき、昇ってくる空気に当たって周囲へ拡散するからこのような流れができる〉


 ミミルに空気の流れを両手で作ってみせた。

 これがかなりの全身運動だから疲れる……。


〈なるほど、魔力に関係なく自然と風が起こる理由はそういうことか。だがそれではダンジョンの入口に向かって風が吹く理由が……いや、なるほど……〉


 俺のジェスチャーを見てミミルも理解したようだが、残念だがダンジョン各層の入口に向かって風が吹く理由にはならない。だが、ミミルは何やら独りで納得してしまった。

 そして、ミミルが俺の方へと向き直ると、改めてダンジョン内の風について説明が始まった。

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