第187話
ミミルに与えられた「風魔法で十メートル先の
〈手を伸ばした先に魔力を集め、その先の間合いを掻き乱す〉
魔力視を通せば、ミミルの手の先に魔力が集まり、不規則に魔素と魔力が混ざり合うのが見える。
〈充分に掻き乱したら、そこに手を差し込んで掴めばいい〉
ミミルの右手がその魔力と魔素が混ざり合い、混沌とした空間に入ると、次の瞬間には缶コーヒーを掴んでいる。
ラウンを倒した卵により手に入れた空間魔法だ。
まだ一匹しかラウンを倒していない俺とは違い、ミミルは数多くのラウンを倒してきており、当然のように空間魔法を身につけていた。
この缶コーヒーは
〈――このとおりだ〉
〈す、すごいな〉
すぐ近くで見ていたが、こちらから手を入れると丸太椅子に置いてあった缶コーヒーの前にミミルの手首から先だけが現れ、掴んで消えた。
〈訓練すればこんなこともできる……〉
「――!」
指先で頭を突かれたような感触を感じ、振り返るが何もない。
「――むっ!」
今度は左肩だ。右肩越しに振り返っていたので反対側。
慌てて首を戻して左肩を見るが、そこには何もない。
ミミルからくつくつと笑う声が聞こえ、そちらへと視線を向けると、人差し指を立てて俺に見せる。
どうやら正面ではない空間を歪めて俺に
〈しょーへいの反応は面白いな〉
〈おいおい、魔法を使って
〈こんな使い方もできるというのを教えただけだ。普段からこんな遊びをしていたら危なくて前を見て歩くこともできないからな〉
その瞬間を見た人からすれば、突然肩のあたりに手首が出てくるわけだから悲鳴を上げてもおかしくないからな。
〈地上では魔法は存在しないと思われてるからな。絶対にするなよ?〉
〈ああ、もちろんだ〉
よほど俺の反応が面白かったのか、ミミルは頬を緩めたままだ。
そういえば、ミミルが楽しそうに笑う顔というのはこれが初めてかも知れない。
〈な、何だ、ジロジロと見ないでくれ〉
〈ああ、すまんすまん〉
あまりに珍しい表情だったのでつい見惚れてしまっていた。
それに気づいたミミルはすぐに表情を固くする。すごく残念だ。
〈空間魔法は時間があるときにでも練習すればいい。それよりも水や土、氷を使った攻撃魔法だ〉
〈じゃあ、どうして空間魔法をみせたんだ?〉
〈そ、それは……手本だ。一度は見ておきたいだろうと思ったのだ〉
〈ふぅん……〉
じとりとした目でミミルを見つめると、俺の目線に合わせないよう、明らかに意識しているのがわかる。
これは――百二十八歳という年齢を考えると違うかも知れないが、ミミルにもお茶目で子どもっぽいところがあってもおかしくない。
たぶん、空間魔法を使って遊びたかったのだろう。
〈それで、どうすればいいんだ?〉
〈先ずは水球から始める。生活魔法の水球を的に向けて飛ばすだけだ〉
〈水球の作り方はわかるが……〉
俺はミミルの前で手の上に直径二十センチ程度の水塊を作り出す。
スキルが上がって魔力制御Ⅱになっているせいか、魔力視を使いながら水を出すくらいなら非常にスムーズにできるようになった。
〈――どうやって飛ばすんだ?〉
〈基本は風を起こすのと同じ――想像して魔力を込める。魔力の込め具合で速度や威力、飛距離が変わる〉
地球上での物理学では運動エネルギーは質量と速度を乗じる形で表される。
そして、当たり前のように活動しているが、ダンジョンの中でも地球上と同じくらいの重力が働いているので、飛ばした水球は放物線を描いて落下することだろう。
水球の大きさは直径二十センチ程度。質量は約四キロ強といったところだ。
充分な威力のある水球を当てるにはどの程度の速度が必要になるのだろうか。
〈今度はローソクの火を消すというだけでは済まないからな〉
〈どうするんだ?〉
〈丸太を立てる。なに、すぐに終わるから待っていればいい〉
ミミルはそう告げると独りで歩き始める。
先ほど使った丸太椅子を通り過ぎ、同じくらいの距離を進んでこちらを向いた。距離感を確認しているのだろう。
丸太椅子までが十メートルくらいだから、いまミミルがいる場所で二十メートルといったところか。
ミミルは空間収納から大きな丸太を取り出し、地面に突き立てた。
先が尖っているわけではないので、直前に魔法で土を掘り起こしていたのだろう。先端をしっかりと埋めているようだ。
ほんの一分ほどで高さ三メートルはある丸太が地面から生えているが、地面の中には同じくらいの長さで埋もれているのは見ていてわかった。
太さの方はミミルの身体と比べると直径で六〇センチ程度だな。
この太さならそう簡単には折れたりしないだろうな。
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運動エネルギー(J)=質量(Kg)の1/2 × 速度(m/s)の2乗
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