第178話
残念ながらまだ両手の中にある卵はハズレだったということで、包むように持っていた両手を開く。
「あれ?」
先ほどまで存在していたはずの卵が姿を消していた。
慌てて足元へと目を向けるが、地面には落としていない。
〈なんだ、どうかしたか?〉
〈卵が見当たらないんだが……〉
〈そんなはずは……〉
ミミルが俺の両手から卵が消えていることに気づいたようだが、何故か言葉まで失っている。
俺も再度辺りを見回して卵の行方を探してみるが、やはりどこかに落ちているということもない。
〈しょーへい、また技能カードで確認だ。空間収納を得たら、技能欄にそれが表示されるはずだ〉
〈あ、ああ。わかった〉
慌ててポケットからスキルカードを取り出し、少量の魔力を流し込む。
――◆◇◆――
氏名:高辻 将平
種別:ヒト
所属:地球 日本国
年齢:三六歳
職業:無職
スキル:
料理Ⅳ、目利き(肉Ⅳ)(魚Ⅲ)(野菜Ⅳ)、包丁術Ⅳ、狩猟Ⅱ、解体Ⅱ、皮革加工Ⅰ、短剣Ⅱ、弓術Ⅱ、身体強化
基礎魔法(無Ⅱ)(風Ⅰ)(水Ⅰ)(雷Ⅰ)
四則演算
加護:
波操作、エルムヘイム語Ⅲ
――◆◇◆――
前回、このカードを確認したときとの違いは身体強化と魔力強化、魔力操作の項目がそれぞれⅠからⅡに変わっていること。
あと、基礎魔法に空間Ⅰというのが増えている。
これはスキル版ではなくて、魔法版の空間収納を覚えたってことか?
ミミルは俺の正面に回り込んで、スキルカードの裏側に表示されているエルムヘイム共通言語で書かれた表示を読んでいる。
〈ほう、空間魔法のⅠが増えているな〉
〈そうなんだよ、これで俺も空間収納が使えるってことか?〉
〈いや……〉
ミミルがまた残念そうな声音で説明を始めた。
〈空間魔法Ⅰというのは初歩の中の初歩。水を出せます、火を着けられますといった生活魔法程度の魔法ということだ〉
〈生活魔法程度の空間魔法というのはどんなことができるんだ?〉
水を出せます、火を着けられます――それと同等の空間魔法というのはどういうものなのかが俺には理解できない。
そもそも、空間を自由に操れるということ自体、地球上ではありえないことだからな。
〈目に見える空間を歪めることで手を伸ばしても届かないところに、届くようにすることができる〉
〈それって便利じゃないか〉
〈そうだ、そういう便利な魔法――それが生活魔法だからな〉
手が届かないところのものを、空間を歪めて届くようにできる。
大袈裟な話、座ったままで冷蔵庫の中身を取り出したりできるってことならとても便利な話だ。
俺のような料理人だと、料理を提供するにも厨房から直接テーブルに出すこともできるってことだし、ちょっと調味料を取りたい時も使える。
だが、お客さんの目の前で魔法を使ったり、店のスタッフの前で魔法を使うことは無いな……。
〈ミミルと二人きりのときなら使える魔法だよな〉
〈う、うん……そういうことだ〉
考えてみると、ミミルも魔法を自由に使えるのは俺といるときだけ。
どちらにしても使いどころのない魔法になってしまいそうだ。
〈だが、練習を積めばそれが違う空間へと繋がるようになる。それが空間収納の魔法だ。技能として身につける空間収納との違いは、繋がる先の時間が停止しているかどうかということと、魔力消費するかどうかの違いだな〉
〈確か、空間収納の魔法の場合は魔力消費するんだよな?〉
〈そのとおりだ。使用している間、魔力を消費する。ダンジョン内は魔素が濃いから回復も早いが、チキュウには魔素がないから体内の魔力だけが消費される〉
〈つまり、あまり使いどころがないということかい?〉
〈ま、そうなるな〉
ミミルは説明を終えると、興味を失ったかのように俺に背を向けて歩き出した。
この
しかし、時間経過がある空間収納の魔法も考えようによっては使えそうだ。
例えば、地上で仕込んだピザ生地をダンジョン内で発酵……という場合はどうだろう。
ナポリピザの生地は六時間から八時間も発酵させるが、生地だけ地上で仕込んでダンジョンの第二層で発酵させればいい。ダンジョン第二層の八時間は、地球上で四十八分だから急ぎのときに使えそうだ。
店で出すパン生地を作る干しぶどうの天然酵母でも使えそうだな。
いや、念のためにもミミルに確認しておくほうがいいか……。
〈なあ、ミミル。地上で魔法の空間収納に仕舞った状態でダンジョンに入ればどうなるんだい?〉
ミミルはくるりと振り返り、俺の目をじっと見つめて意図を図ろうとしている。
〈空間魔法Ⅰは生活魔法程度のもので、その延長に空間収納魔法が存在する。地球で使った場合は、地球上のどこかに倉庫をつくり、そこに収納したものを出し入れするという使い方だ。空間収納魔法を使ってダンジョンに入ってしまうと、その接続が切れてしまう〉
つまり、時間経過の恩恵は得られないっていうことか。
空間魔法、使えないな……。
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