第177話
俺とミミルが慌ててラウンの落下地点へと駆け寄ると、黒い鳥――カラスが全身を痙攣させて横たわっていた。
一般的に日本で見かけるハシブトカラスと大きさは変わらないが、「若干大きいかな?」と思う程度の大きさだ。
〈これがラウンでいいんだよな?〉
〈ああ、そのとおりだ。早く止めを刺せ〉
ミミルに促され、両足を左手で掴んで持ち上げる。
痙攣しているとはいえ、こちらを見つめる目は見えるわけで、なんだか申し訳ない気分になってくるが、躊躇っている余裕はない。
ミミルの話によれば、このラウンという鳥は瞬間転移のような魔法を使うらしいから、痙攣が解ける前に止めを刺さなければならない。
俺が短剣を抜いてその首を切り落とすと地面にラウンの頭が落ち、一気に血が吹き出して辺りを赤く染め、
〈あれだけ攻略を考えたのに、何だかあっけないな……〉
〈しょーへい!〉
興奮気味に声を掛けるミミルを見ると、地面の方を指差している。
その先には
〈しょーへいは運がいい!〉
〈卵がどうかしたのか?〉
このダンジョンにいる鳥の魔物なんだから倒されたときに卵のようなものを
騒ぐほどのものではないだろうとは思うのだが、ミミルの興奮具合を見るに、相当レアなものなのだろう。
〈それを両手で握って魔力を込めれば、運が良ければ空間収納を身につけることができるのだよ〉
〈おおっ! そうなのか!〉
思わず小躍りしそうになる。
欲しいと思っていた空間収納のスキルが手に入る可能性があるとなると嬉しくてたまらない。
〈まぁ、確率は推して知るべしだがな〉
〈ミミルは……〉
いや、これ以上は言わないほうがいいだろう。
ミミルはこういう運が絡むことになると丸切り駄目だからな。
特に欲望丸出しになると見ていて可哀想になる。
ホルンラビの肉を狙って狩りをしたときもそうだった。四十羽以上のホルンラビを狩って、一羽しか肉を遺さなかったんだから。
でも途中まで声に出してしまった。
ミミルも俺の言葉の続きを待っているようで、その拾い上げた卵を持つ俺の方へと催促するような視線を送っている。
〈これはハズレだと思うのかい?〉
〈あくまでも確率の話だ。私の場合は……〉
三十一回目……だよな。
苦労して空間収納のスキルを身につけたことを思い出し、握った両手をプルプルと震わせるミミルを見ていると、俺が一発で手に入れたら何を言われるか心配になる。
本格的にミミルは運がないというか、ゲームなどで言う「物欲センサー」のようなものが働く体質なんだろうな。
〈ハズレだとどうなるんだ?〉
〈それが何に見える?〉
〈た、卵だな〉
〈そういうことだ〉
つまり、ハズレの場合はただの卵。
魔物が産む……というか、遺した卵なので何かが孵るということはないのだろう。そういう意味でも無精卵であり、ただの卵ということに違いはないと思う。
〈どうした、使わんのか?〉
ラウンが遺した卵を手に眺めていると、
〈ああ……うん、両手の中で魔力を込めるんだっけか?〉
〈そうだ、やってみろ〉
両目を閉じて両手で包み込むように卵を持つと、全身に魔力を循環させてその存在を意識し、卵の中へと放出する。
次第に手の中が温かくなるのを感じると、その熱が卵に吸われるように流れ込んでいく。
今までミミルが作ったという魔道具に魔力を流し込むのとは明らかに感覚が違うが、これが「魔力を流し込む」という感覚でいいのだろうか。
魔道具のときにはこちらから吸わせるような感覚だったが、これは集めた魔力を吸い込まれるような感じだ。
〈しょーへい!〉
ミミルの声に目を開くと、卵を持っていた両手の隙間から光が溢れ出している。
〈え、な、何だ?〉
驚いて両手を離してしまいそうになるが、中に卵が入っていることを思い出して改めて落とさないように両手に力を込める。
その手の中で輝いていた光はゆっくりと吸い込まれるように小さくなり、そして消えた。
俺が魔力を流し込み始め、いまこうして光り輝くのが消えるまでのあいだ、その様子を見守っていたミミルが眉尻を下げて頬を指先で掻きながら話す。
〈あぁ、まあ……なんだ〉
とても残念そうな口調だ。
なんとなくミミルが言いたいことが理解できるが、俺はその言葉の続きを待ってミミルと目を合わせる。
〈ハズレということだ……〉
〈そうなのか……〉
残念だ。
空間収納が手に入ればミミルの負担も減るし、荷物を出し入れしてもらう必要がなくなると思ったのだが、世の中そうは上手く物事が運ばない。
そんなことはわかってはいるんだが……。
〈まあ、そう肩を落とすな。私なんか……〉
俺を慰めようとしてまた三十一回もラウンを探し倒し続けてはハズレを引いた日々を思い出したのだろう――ミミルの声まで沈んでいく。
〈そうだな……初めての接触なんてこんなものってことか〉
欲張らず、焦らず、コツコツと進む――それが大事ってことだ。
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