第十八章 空間魔法
第171話
テーブルに先ずはサラダを置いて、ミミルの分を取り分ける。
それを見てミミルが椅子に座ってフォークを手に取る。
〈た、食べてもいいか?〉
〈うん、いいぞ〉
俺が返事するよりも先に、ミミルのフォークがリコッタチーズとトマト、タマネギにレタスへと突き刺さっている。
まぁ、腹が減っていたのなら何も言うまい。
できれば、食材への感謝の言葉は言って欲しいところだが……。
少し呆れたような顔をしてミミルを見ると、フライパンの中に入ったニジナマスや野菜などの具材をアサリが入った皿へと盛り付け、煮汁をかけ回す。
最後に指で千切ったイタリアンパセリに似たリンキュマンの葉を散らせば完成だ。
〈二品目ができたけど、野菜の方はどうだ?〉
〈濃くがある味付けがされていて美味い。この白いものは甘味があってサッパリとしているし、この緑の草はとてもいい香りがする〉
〈それはよかった。これは二品目……ニジナマスを使った〝アクアパッツア〟という料理だ〉
ミミルの前に、出来立てでまだ白い湯気がもうもうと立ち上る料理を差し出す。
こんがりと焼けたニジナマスの皮に、黄色のパプリカ、トマトの赤、緑のブロッコリーとケイパーに黒のオリーブ。
ミミルは先ず彩りに目を奪われ、そして漂う芳醇な香りに心を奪われているようだ。
六十センチはあるニジナマスだと、六人前くらいの量はあると思う。
ミミルは見た目とは違って食べる量はかなり多いから、俺と二人で半身を食べればいいくらいだろう。
まだルーヨのモモ肉の煮込みもあるので、それでも多いような気がする。
皿を用意してミミルの分として半身を崩し、ニ人前くらいを皿に盛り付けてミミルに差し出す。
モモ肉の煮込みはまだ少し時間がかかるので、俺もご相伴にあずかることにしよう。
椅子に座って、俺も料理に手を伸ばすことにする。
両手を合わせて、小さな声で「いただきます」と言ってフォークを手にし、サラダへと手を伸ばす。
フォークでリコッタチーズと野菜を突き刺して口元まで運ぶと、バルサミコ酢のフルーティだが酸味のある香りがふわりと立ち上る。
大きく口を開いて中へと迎え入れ、顎を動かすと新鮮な野菜の繊維を断ち切る軽快な音が頭全体に響く。
オリーブオイルの香り、バルサミコ酢のフルーティな香り、散らした黒胡椒の爽やかな香り、ルッコラからは炒ったゴマのような香ばしい匂い――それらが幾重にも重なって口から鼻へと流れていく。
〈うん、美味いじゃないか〉
〈そのアギュールに似た実は、アギュールよりも歯ごたえがよくて美味いぞ〉
ミミルが俺のフォークに突き刺さったキュウリを指さす。
それもダンジョン内で採れる作物――いや、魔物だったりするのだろうか。
〈アギュールは〝キュウリ〟に似たものなんだな?〉
〈ああ、この先に生息する魔物だ。表面は白いから色という意味では似ていないが、匂いや食感はとても似ているぞ〉
〈へぇ、そうなんだな……〉
刺した野菜と共にフォークを口に運ぶ。
ミミルの空間収納に入れておけばやはり劣化しないようで、店で買ってきたときの状態のままだ。
「うーん」
思わず声が漏れる。
野菜や魚の鮮度を最高の状態で保管できるのなら、それを扱う者としてはやはり欲しい技能だ。
〈どうした?〉
〈いや、なんでもない……〉
次は自分で取り分けたアクアパッツァへと手を伸ばす。
ふわりと柔らかいニジナマスの身を野菜と共に口へと運べば、ニンニクの風味が溶け出したオリーブオイル、ニジナマスの香ばしく焼けた皮の香り、アサリがもつ潮の香り等が層を成して鼻腔へと抜けていく。
ギュッと噛み締めると柔らかいニジナマスの身から淡白だが滋味深い旨味が舌の上に溢れ出し、ブロッコリーが吸った煮汁と合わさり口の中で混ざり合う。
ニジナマスの身や野菜が少しずつ喉の奥へと運ばれると、舌に残った油はトマトの酸味が引き締めていて、後口はさっぱりとしていくらでも食べられる気になってしまう。
〈この魚は凄い……〉
〈どうすごい?〉
ミミルはアサリを穿り返しているが、俺の声はちゃんと聞こえているようだ。
〈チキュウの川魚は苔臭かったり、泥臭かったりするんだがそれがない。それに、身が柔らかいのに脂が少なくて淡白だが旨味が濃いところだな〉
渓流なので泥臭さがないのは理解できないでもないが、湖などにも定着するニジマスに似た魚ということを考えるとこの上品だが濃い味にはやはり驚いてしまう。
〈それをこんなに上手に調理しているしょーへいはすごいと思うぞ〉
〈いやいや、それはないよ〉
確かに初めての食材でこれだけできたのは意外だが、この素晴らしい素材なら他の料理人でも和洋中と作る料理の違いこそあれ、同じくらいのレベルの料理は作れるはずだ。
さて、この料理を食べ終えたら第二の皿に取り掛かるとしよう。
ルーヨのモモ肉の煮込みもマッシュポテトと相性がいい思うんだ。
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