第166話
五頭のルーヨに止めを刺すと、琥珀色の魔石が五つ、角が二本、皮が三枚、背ロースと呼ばれる部位の肉が一つに、モモ肉が二つという結果に終わった。
鹿肉は匂いが強い印象があるんだが、それは火を入れることで、肉の中にあるアラキドン酸と鉄分が結合して生じるもの。
魔素を栄養にしているせいか、ダンジョン内の魔物が落とす肉は臭みが少ないが、ルーヨの肉はどうなんだろう?
ドロップした肉を手に持って眺めていると、ミミルが奪うように空間収納へと仕舞っていく。
ウィルスや細菌、寄生虫などの心配がないから生でも食べられると思うのだが……試してみるかな。
同じ性質があるのなら内モモ肉は低温調理でローストにしたいところだが……。
「そういえば買わなかったんだよな……」
手のひらで額を覆うと、親指と薬指に力を入れて
先日、デパートで酵母を育てるガラスポットを見に行ったとき、実物を見てどうしようか悩んだんだが、結果的に買わなかったんだ。
まあいい、ネット通販で購入するほうが安価で手に入ると思うし、地上に戻ったら再度検討しよう。
などと考えていたらミミルから心配そうな声が掛かる。
〈どうかしたのか?〉
〈いや、なんでもない〉
〈そ、そうか……ならいいんだが……〉
よく考えると、ミミルの前で二回ほど頭を抱えて倒れているんだった。
こんな仕草をしたら頭痛でもするのかと勘違いされても仕方がない。
でも、心配してくれているんだな……。
そう思うと嬉しくなって口元が緩んでしまう。
〈うん。ただ、チキュウで買い忘れていたものを思い出しただけだよ〉
〈それは急ぐ買い物か?〉
〈いや、特に急ぐものでもない。この肉を美味しく調理するために必要な器具を買うか悩んでるだけだ〉
〈ほう……それはどんな道具だ?〉
調理に使う地球の器具――それにミミルが興味を持つというのも珍しい。
厨房に来ても俺が料理しているのを眺めているだけなのに、不思議なものだ。
〈電気で動くんだが、ここで説明するのもなぁ……〉
〈では、野営のときにでも話してくれればいい〉
〈ああ、わかった〉
ミミルに残った皮や角、魔石を渡して空間収納へと仕舞ってもらうと、また二人で歩き出す。
再び十頭ほどのルーヨの群れに遭遇し、再び身体強化をかけて飛び出す。一分少々で全てを倒すと、パタリとルーヨが現れなくなった。
どうやら最初にミミルが張り切ってくれたおかげで、ルーヨのテリトリーを脱することができたようだ。
辺りは色とりどりの花が咲き誇る小さな丘になっていて、いままでとは少し違う雰囲気が漂っている。
〈今日はあの木の下で野営する予定だ〉
ミミルが指さした先には、一本の大きな木が生えている。
どこかで見たことがあるような木だが、何の木なのかまでは俺も知らない。
〈あれは何の木だい?〉
〈特に名前などつけていないが……エルムヘイムのフラキネスに似た木だな〉
エルムヘイム共通言語で名前を聞けば、俺のエルムヘイム共通言語Ⅲの力で地球で該当する木がわかると思ったのだが残念だ。
そもそも、エルムヘイムと地球では生態系が異なるはずだし、ダンジョンの中でも生態系は異なっているんだから仕方がない。
ただ、フラキネスという名前からは日本語へと変換することができる。日本語で「
〈そうか、ありがとう〉
言われてみれば
実際に地上で
〈運が良ければあの木にラウンがくることがあるぞ〉
〈え、そりゃ頑張らなきゃいけないな〉
ラウンとは、時空を操る技能を授ける黒い鳥。
空間収納の話をしていたときにミミルが話していた魔物だ。
その魔物がここの
〈それはどんな魔物なんだ?〉
〈黒い鳥だ〉
ダンジョンの中にいる魔物は独特の容姿をしている。
黒い鳥といえば、カラスを思い出すのだが……地球にいるカラスともどこか違うところがあるのだろう。
〈他になにか特徴はないのか?〉
〈この木にやってきた黒い鳥がいたらそれがラウンだ〉
そんな説明をされると、元も子もない。せめて大きさだとか、攻撃手段だとか、パターンだとかくらい教えて欲しいんだが……。
〈ラウンは夕方と明け方に来る可能性が高い。戦いの準備はしておくように〉
〈ああ、わかったよ〉
確かカラスって光るものを好む傾向があるんだよな。
好むものを用意しておくと来るかもな……シンプルなのでいくと、アルミホイルを丸めて置いておくとかだろうか?
それとも俺たちの夕食や朝食の方が興味あったり……なんてことはないか。
色が黒いからといって地上のカラスと同じとは限らないからな。
丘の下からゆっくりと登ってきたが、近くで見ると大きな木だ。
直径は両手を広げたくらいの幅があるので、百八十センチくらい。その約三倍が幹の太さということになる。だいたい、五百五十センチだな。
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