第165話

 ミミルは技能カードを作ったときのことを語り始めた。

 このカードでわかることを俺に伝えるためだろう。


 前にも教わったが、言語の場合だと日常生活ができるのがⅠ。挨拶ができて、買い物を不自由なくできる程度――観光客よりは少し話せるというレベル。

 世間話などもでき、住民として日常生活を送ることができるくらいなのがⅡ。

 その言語を用いて仕事に就くことができる程度には専門的な言葉を理解できるのがⅢ。

 そのⅢの技能に加え、文字が読めるというのがⅣ、読み書きできるとなればⅤになる。


 これが短剣の技能になるとまた基準が変わる。

 短剣Ⅰでは、短剣を用いた戦闘経験があり、基本的な取り扱い知識があるというレベル――初心者だ。

 短剣Ⅱになると、ダンジョン五層程度で活動できるレベルで、攻撃に加えて武器を用いた防御や受け流しができることが前提になってくる。

 短剣Ⅲはダンジョン十層レベルで活動できるほどの練度。

 Ⅳはダンジョン十五層まで到達できる腕前で、指導もできる免許皆伝レベル。Ⅴはダンジョン二十層で名人クラスだ。

 これは魔力を腕に通して短剣を動かすときに生じる力やスムーズさ、身体の動き、身体強化と魔力強化を組み合わせた場合の攻撃力などを測定しているらしい。


〈つまり、技能としてヴィブラを覚えたというわけではないということになる。ヴィブラは本来、刃のついた得物の技能に魔力強化の技能を組み合わせ、習熟すれば覚えるものだからな〉


 ミミルはゆっくりと歩きながら説明を続ける。

 この周辺はルーヨのテリトリーだから、俺が音波探知を使って周辺の魔物を調べているが、半径五十メートル内にはいないので問題ない。


〈魔法と同じで、短剣Ⅱの中で身につけたわざという考え方はないのか?〉

〈いまのところ、ヴィブラに似た効果のあるわざとして認識しておくのが良さそうだな〉


 ミミルはようやく納得したようだ。

 俺にとっては些細なことなんだが、技能カードの発明者としてはどうしても気になる感じなんだろう。


 更に二十メートルほど歩いたところで、俺の音波検知に二頭のルーヨが掛かる。


〈五十メートル先、ルーヨが二体〉

〈私が全部倒すのを見ているのも退屈だろう? 次はしょーへいがやるといい〉


 ミミルの真意は俺がまたヴィブラに似た技を使うところを確認したいというところにあるんだろう。

 そこを、俺が退屈だろうと上手くくるめて話してくる――流石に百歳を超えているだけのことはある。

 だが、俺の正直な気持ちとしては、半径五十メートルの探知範囲に入ったのが二頭というだけのこと。実際に目視で確認すると奥にもっとたくさんのルーヨがいるのが見えている。


〈危なくなったら助けてくれよ?〉

〈大丈夫だ。しょーへいは既に神の手のひらの上だ〉


 妙な言い回しだが、エルムヘイムの慣用句だ。

 日本語にすれば、「大船に乗ったつもりでいろ」に近い言葉だ。

 その神様の指の間に隙間がないことを祈ることにしよう。


 ミミルが立ち止まった。

 視界の先にいるルーヨを俺に任せるから、先頭を交代するということなんだろう。

 そのままミミルの脇を通り抜け、数歩進んで呼吸を整えつつ体内魔力を循環させて身体強化をして走り出す。

 五十メートル先にいるルーヨを倒すとなれば、三十メートルほど駆け寄ってヴィブラに似た攻撃を行えばいいからな。身体強化した俺なら三十メートルは八歩ほどで到着する――時間にして約五秒。

 走りながら身体強化で循環する魔力を両手の短剣へと流し込む。

 赤銅色の短剣に魔力が溜まっていき、その刀身は緋緋色へと色を変えて輝く。


「先ずは右!」


 ほんの僅かに反応が早い右側のルーヨに向け、ただ真っ直ぐ飛んで前足の膝下に直撃するよう、魔力の刃が飛んでいくのをイメージし、逆手に持った短剣を右、左と振るう。

 逆手にしたのは、その方が走りながら短剣を水平に振るって魔力の刃を飛ばすのに振りやすいからだ。

 間髪入れず、左にいるルーヨに向けても同様に短剣を振るって魔力の刃を飛ばす。

 ミミルの魔法のように一発の威力がある攻撃はできないが、身体強化に魔力強化が加わった魔力の刃はエアブレードよりも高い威力を持ち、ルーヨの膝下を次々と斬り飛ばす。

 突然前足を失った二頭のルーヨは無様にも顔から地面へと突っ伏すように倒れ、痛みに耐え、怒りに震える鳴き声を上げる。


 その鳴き声を聞いた周囲のルーヨが俺の姿に気づいたようだ。

 日本の鹿よりも数倍大きな体躯があるというのに、跳ねるように飛び上がると、研ぎ澄まされたナイフのような枝が生えた角を俺に向け、加速して突っ込んでくる。

 刺されるようなことがあれば俺なんて確実に死んでしまうことだろう。


「でも、骨よりは柔らかいよなっ!!」


 俺は緋色に輝く右手の短剣を振ってルーヨの角を切り飛ばし、左の短剣から右前脚を斬り飛ばす。


 僅か二十秒ほどで、俺の目の前には前脚を斬り飛ばされて立てなくなった五頭のルーヨが横たわっていた。

 こうなれば残るは止めを刺す作業だけだ。

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