第164話

 六十七頭目のルーヨを倒したミミルが、どうだと言わんばかりに薄い胸を張ってこちらを振り返る。

 最後につかった魔法はブレースというらしい。

 ターゲットの内側に魔素を圧縮し、飽和状態になったところで一気に拡散爆発させるという魔法だ。

 飛び散ったルーヨの肉や骨で辺りが悲惨なことになってしまうが、すぐに霧散して消えていった。

 即死状態だから、すぐに霧散してしまうのだろう。

 もちろん、魔石以外の何もドロップするものはない。


 振り返り、吹っ飛ばしたルーヨを見つめるミミルだが、そこに魔石がコロンとひとつ転がっているのを見て、肩を落とす。


〈火力が高すぎると魔物は何も落とさないようだな〉

〈う、うむ……〉


 最後に調子に乗ってしまったことに反省した様子でミミルは更に小さくなってしまい、心做こころなしか瞳から生気が抜けたような気がする。


〈まぁ、力加減の難しい魔法もあるだろうし、仕方ないよな〉

〈そ、そう。そうなのだ。ブレースは一定以上の魔素を圧縮しなければ発動しないからな……仕方がない〉


 ミミルは俺の言葉に少し自信を取り戻したようだ。瞳が徐々にキラキラと輝き、目元に力が戻る。

 それはさておき、俺も一度はルーヨを相手にしておくほうがいいだろう。

 大きさはキュリクスやブルンヘスタより小さいとはいえ、あの凶器としか言えない角は絶対に喰らいたくない。

 ミミルのように急所の眉間にピンポイントで氷の矢を突き立てられるならいいんだが、いまの俺には難しそうだ。


〈どうした?〉


 ミミルが心配そうに見上げている。

 真剣な顔で黙考しすぎてしまったようだ。


〈ルーヨを狩るにしても、まだ俺にはミミルのように自由に魔法を扱えないと思ってね〉

〈いや、何を言ってる。しょーへいには短剣から魔力の刃を飛ばす技があるではないか〉

〈え?〉


 ルーヨのテリトリーに入る前、セリ科系魔物のテリトリーで短剣からエアブレードを飛ばしてはいたが、それが技というわけでもないだろう。

 いや、まてよ……俺はあのとき、エアブレードを使うイメージをしていたわけじゃない。身体強化をした状態で短剣を振っていただけだ。


〈まさか、無意識で使っていたというわけではあるまい?〉

〈い、いや、そのまさかだな……〉


 ミミルが驚きに目をみはる。


〈無意識のうちにヴィブラを使っていたというのか?〉

〈そのヴィブラという技が何かわからないが、俺が意識していたのは魔力を使った身体強化だけだ〉

〈短剣使いのエルムヘイム人でもヴィブラを使いこなすには数年かかるというのだが……〉


 ミミルの表情から驚きが消えると、今度は怪訝そうな視線で俺の顔を見つめる。

 嘘をついているのではないかと疑っているのだろう。

 だが、俺は決して嘘などついたりしない。


〈最初に魔法を教わったときのことを覚えているかい?〉

〈水を出す訓練を数時間続けたあれか?〉

〈うん、そのあと石を出すのに苦労したんだが……〉

〈そうだったな。しょーへいは魔力操作がまだ未熟だったせいで、水の湧き出し方などにむらがあった。もしかして、身体強化の魔力にむらがあったと思っているのか?〉


 ミミルのいうとおり、最初に魔法を教わったとき、俺が水や石を手に出そうとすると魔力の流れにむらがあった。

 そのせいでスムーズに水を出すことができず、石も大きさが揃わなくて困ったのだが――確かに似たようなことが原因なのかも知れない。

 だが、他にも原因は考えられる。


〈ミミルの言う通りかも知れないが……どうしても力を入れて短剣を振る際に息を止めたりしてしまうだろう? それが原因で魔力強化した短剣を振るときに魔力の刃が飛んでしまうのかもな〉

〈そうだな。魔力の流れにむらがあるなら、狙ったところに向かって飛ばないはずだ。狙いに向けて最も力が入る瞬間に飛び出していると考えるのが自然だろう〉


 ミミルは右手の先を手刀のような形にし、腕を振って確認するような動きをしてみせると、思い出したように俺の方へと顔を向ける。


〈そうだ、こういうときは技能カードを見ればいい。出してみろ〉

〈あのカードね。えっと……〉


 ポケットから鈍色にぶいろのカードを取り出し、魔力を流し込む。


   ――◆◇◆――


 氏名:高辻 将平

 種別:ヒト

 所属:地球 日本国

 年齢:三六歳

 職業:無職


 スキル:

 料理Ⅳ、目利き(肉Ⅳ)(魚Ⅲ)(野菜Ⅳ)、包丁術Ⅳ、狩猟Ⅱ、解体Ⅱ、皮革加工Ⅰ、短剣Ⅱ、弓術Ⅱ、身体強化Ⅰ、、魔力操作Ⅰ

 基礎魔法(無Ⅱ)(風Ⅰ)(水Ⅰ)(雷Ⅰ)

 四則演算


 加護:

 波操作、エルムヘイム語Ⅲ


   ――◆◇◆――


 新しい項目として魔力強化Ⅰというのが増えているが、これ以外に記載されている内容にも変化がない。

 ミミルも裏側に表示されているエルムヘイム共通言語での内容を見て首をかしげている。

 俺は変化がないことを確認するため、ミミルに声を掛けてみる。


〈変わって……ないよな?〉

〈うむ。私が教えた魔力強化以外に技能が生えたわけではないようだ。このカードでわかるのは技能習得と習熟度だけだからな――〉

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