第163話
三頭の赤鹿――ルーヨが独特の鳴き声を上げながら、俺たちがいる方向へと突進してくる。
体格としては二メートルを超えるブルンヘスタよりは小さめだが、その角は横に大きく張り出し
〈――エスピル〉
向かってくるルーヨに向けて手のひらを前に突き出すように掲げ、魔法名を唱えるミミル。
突き出した手のひらの前に円形の膜が広がると、氷の矢がそこから飛び出す。
高速で飛び出した氷の矢はミミルの腕が伸びた方向――角を向けてミミルを襲うルーヨの眉間へと次々と突き刺さる。
距離にして俺達から二十メートルを切ったくらいの場所で次々とルーヨの膝が崩れ、前のめりに転倒する。
〈いまのが、氷の矢をつくり飛ばす魔法――エスピルだ。ヴォアピルよりも威力が高い〉
ヴォアピルというのは直前にミミルが放っていた、水の矢のことだ。
矢と言っても、弓で飛ばすような矢とは違う。
矢のように細く長く……そして、飛んでいく魔法の武器のようなものだ。
〈凍っていて硬く鋭利になっているからかい?〉
〈氷にするために魔力を使っているから、それだけ強くなる。鋭利になっているからという理由だけではない〉
魔法の威力は込めた魔力量と速度に比例する。
水を凍らせるために魔力を更に込めるから、攻撃力が高くなるということなんだろう。
ミミルが放った氷の矢を眉間に受けた三頭のルーヨはすべて即死。
それだけミミルの攻撃が強力だったということだ。
ダンジョン管理者になるほどの能力があるんだ……それくらいの威力がある魔法が放てるのは当然だろう。
ミミルはドロップした肉を見つけてにんまりと口角を上げると、それを収納する。
まったく、どんだけ肉が好きなんだよ……。
一緒にドロップした琥珀色の魔石や角、皮は
休憩後のルーヨの縄張りでは、ミミル主体で戦ってもらうことになった。
ミミルが様々な魔法を行使するところを見せてもらい、俺の先入観を薄めるというのが目的だ。
だが、俺がこの方法を説明した時、ミミルは俺が手を抜こうと思っているように感じたようだ。
しかし、再び俺が魔素がなく魔法が存在しない地球でこれまで生きてきたこと。急に魔法が使えるようになったからといって、まだ心の底では魔法というものを信じていないところが障害になっていることを説明して、
いま、使った魔法が氷の魔矢であるエスピル。その前に見せてもらったのが水の魔矢、ヴォアピル。他に、水球のヴォワクロ、氷球のエスキュロ、火矢のブロンピルなどを見せてもらっている。
なお、語尾につく「ピル」というのは、古エルムヘイム語で「矢」を意味するらしい。
こうして色々と魔法の説明を受け、実際にそれを見る。
〈水の矢をつくり、それが凍りながら飛んでいくように想像した……でいいのか?〉
〈いや、飛び出すと同時に凍りつく感じだな〉
〈飛び出すところはヴォアピルと同じでいいんだよな?〉
〈そのとおりだ〉
わからないことは確認して、イメージから魔法がどのように作られているのかを理解する。
飛び出すところは弓をイメージするのではなく、伸ばした腕の先から飛び出していくイメージをするらしい。
〈同時にエスピルを発動する――なんてことはできるのか?〉
〈腕から出すなら二つまでだが、魔法の発現場所を指定すれば増やすことができる〉
〈そういえば、雷で使っていたよな?〉
〈そうだ。発現場所を指定して魔力を注ぐのだが……次の魔物でみせてやろう〉
〈ああ、よろしく頼むよ〉
最初はグズっていたミミルだが、魔法を使うこと自体は好きなのだろう。
それに他人に説明することにも慣れているようだ。
ミミルは日常的に魔法が存在する世界で生まれ育っているから、少々説明不足なところもあるのだが、それは随時確認すれば教えてくれる。
〈丁度、そこにルーヨがいるな〉
ミミルが指さす先、三十メートルほど先に立派な角をつけたルーヨがこちらに左を向いているのが見える。
周囲を覆っている草の高さが六十センチ程度まで低くなっているのはとてもありがたい。
だが、鹿の視野も牛と同様、非常に広い。きっと俺たちのことはその視界の中に捉え、警戒しているはずだ。
そして、ルーヨは群れを形成する魔物でもある。
手前に見えている一頭だけではなく、その向こうには十頭近いルーヨがいるのも見て判る。
〈先ずは離れた場所に魔法発現するよう想像し、その周囲の魔素を集め、魔法発動をイメージすればいい〉
ミミルは俺の目の前で右腕を前方に突き出して魔法の発現に向けてイメージを作り始める。
十メートル程度離れた場所に半透明で円形の膜のようなものがいくつも浮かび上がり、その中心から飛び出した氷の矢が瞬く間にルーヨの左側面を貫く。
突然襲った痛みに驚いたルーヨは飛び上がるように跳ねると、その悲痛に満ちた甲高い断末魔の叫びを上げて落ちてドサリと音を立てて倒れた。
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