第162話
今度はミミルの方が俺に視線を合わせないよう、玉子サンドを見つめている。
〈ルマン人や巨人族というのは、粗野で乱暴な者たちが多いというのが私がいた国での印象でな……そのルマン人や巨人族に近い容姿をしたしょーへいに対してはあまりいい印象を受けなかった〉
ミミルは引け目を感じているのか、萎縮した様子で申し訳なさそうに話を続ける。
〈あくまでも第一印象での話だ。いまは違う〉
ミミルの話ではルマン人と言われる人たちが地球からエルムヘイムへと移ったのは今から千五百年前くらい前のこと。これは西暦三百年から七百年の間に行われたという、ゲルマン民族の大移動に時期が重なる。
彼らがいたスカンジナビア半島といえばヴァイキングが有名だが……その活動時期はよくわからないな。
もし、そのヴァイキング達がエルムヘイムに連れて行かれたのだとしたら、彼らがエルムヘイムで粗野で乱暴な振る舞いをしたと言われても不思議ではないような気がするが……。
〈どう違うかは……教えてくれないのか?〉
〈――むっ〉
ミミルは少し頬を赤らめ、そっぽを向いてまた玉子サンドに齧りつく。
少なくとも粗野で乱暴なイメージはもう俺に対して抱いていないということならいいだろう。
それよりも――。
〈ミミルが俺に持っている先入観はすべて払拭されたかい?〉
〈それは……〉
顎を動かすのを止め、ジッと足元を見つめるミミル。
なにか考えているようだが、俺が言いたいのは……。
〈まあ、何ごとも絶対ってのはないよな。だが、魔法に対する俺の先入観も同じってことだ。
実際にいくつかの魔法は使えているが、生まれてからずっと魔法が当たり前ではなかった俺の場合は
ミミルは思い出したかのように顎を動かし、ゆっくりと口の中の料理を飲み込んで俺に目を向ける。
〈で、では、どうすればその先入観を捨て去ることができる?〉
〈そうだなぁ……ミミルはどうすれば先入観を捨て去ることができると思う?〉
〈質問をしたのは私だぞ!〉
確かにミミルが俺に対して質問したのが先だ。
だが、言葉で説明するのはとても難しい。
俺は立ち上がると、ミミルの
〈――な、なんだ?〉
〈俺ならこうするかな〉
俺はただミミルをギュッと抱きしめる。
力を入れすぎず、抜きすぎず――心を込めて。
〈な、何を! や、やめろ!〉
ミミルが細い手足で暴れ俺の拘束から逃れようとする。片手に残った玉子サンドを握ったまま、ジタバタと細い手足を使って暴れるミミルだが、だが、やがて諦めたのか力が抜ける。
〈俺ができることは――ただ、ミミルと一緒にいることだけだ〉
〈くっ……ず、ずるいぞ〉
〈そうか?〉
俺は恐らくルマン人と同じ人間だが、人種が違うと説明したはずだ。
しかし、一度似ていると思った以上、ミミルには簡単に先入観を払拭することなどできないだろう。
不器用な俺がそんなミミルにできることは、とにかくミミルと一緒にいて信頼を得ること。そして、粗野で乱暴な人間ではないと信じてもらうことしかない。
ダンジョンで魔物を倒したことで、俺の身体がダンジョンでの生活に最適化されていくというのなら、俺はミミルと同じように永く生きることになる――だから時間がかかっても、問題ない。
〈うん、ずるい……ずるいずるいっ!〉
〈なにがずるいんだよ〉
〈先ずは手を離せっ〉
ミミルを抱きしめていた腕の力を緩め、そっと手を離す。
知らぬ間に頬や耳まで赤くして俯いたミミルは視線を落とし、その手に持った玉子サンドへを見つめる。そして、潰れたり、中身を落としたりしていないことを確認するように見つめると、何やら安堵したように息を吐いた。
俺としては何がずるいのか教えて貰いたいところなのだが、ミミルはそのまま玉子サンドに齧りつき、ゆっくりと
〈で、何がずるいんだい?〉
そろそろ口の中のものを飲み込むだろうと思い、声を掛けてみる。
ミミルは何も言わずに紅茶の入ったマグカップを持つと、口の中のものと共に喉へと流し込んだ。
〈しょーへいだけ、答えを持っているのは……ずるい〉
少し恨めしそうに俺を見上げて呟くと、ミミルはまた俯いて玉子サンドに
意識をしていないだけで、普段から人が
あくまでも俺が提示した解決策は、ミミルが俺に対して抱いている先入観を弱める程度の効果しかないと思う。
逆に俺が持つ魔法への先入観を消すことの方が簡単なのではないだろうか……。
〈じゃぁ、手伝ってくれるかい?〉
〈も、もちろんだ〉
よし、これでミミルの
また玉子サンドに
ミミルは世界の終わりでも迎えたかのような絶望感を湛えた瞳で最後のひと口を見つめ、悲しそうに口へと運んだ。
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