第十七章 ルーヨと酒
第161話
俺が食べる姿を見て、ミミルも同じように玉子サンドに齧りつく。
しっとりと柔らかく、もっちりとした食感の食パンに、ふわふわの厚焼き玉子が小さな口へと押し込まれ、両頬を大きく膨らませる。
『み、見るな――』
食べている様子を眺めていたら、ミミルと目が合ってしまった。
こういう時、見ている方はいいんだが、見られている方は何だか恥ずかしくなるからな。ミミルの言いたいこともよくわかる。
ただ、さっきは俺が食べるところをミミルがじっと見つめていたことを思い出すと、「見るな」というのは
実年齢は別にして、何かを食べているときのミミルの可愛さは、俺にとっては「癒やし」なんだけどな……。
〈そう言われてもね……〉
それに、作る側の人間としてはどんな顔で食べるのかを見たくなるのは職業病のようなものだ。多少は許してもらいたい。
そう呟くと、大きく口を開けてまた玉子サンドに
ふわりと焼き上がった玉子からじわりと滲み出るパルミジャーノ・レッジャーノの旨味と香りがふわっと漂い、するすると喉の奥へと消えていく。
〈しょーへい、もっとないのか?〉
〈軽く食べるって話だったろ?〉
〈そ、それはそうだが……〉
ミミルは右手に食べかけのサンドイッチ、左手には二つ目のサンドイッチを持ったまま不満げな顔をしてこちらを見ている。
ミミルが食べたいというなら同じものを作っても構わないが、それなりに時間がかかってしまうのが辛い。
こんなことならツナ缶の一つや二つ、持ってくればよかったな。
一つ目の大きな玉子サンドを口に放り込んで、少し汚れた指先を舐める。
何やら視線を感じるので、視界の端に見えるミミルへと目を向けると、皿に残った最後の一切れへ手を伸ばす。
ミミルが明らかにハッとした顔をして、目線を皿へと移す。もちろん、口の中には
サンドイッチの手前で手を止めると、ミミルの視線がこちらへ戻る。
〈なんだ、気に入ったのか?〉
ミミルは両手でサンドイッチを持ったまま、二度、三度と縦に首を振る。
〈美味しいか?〉
『うまい……』
今度は念話を交え、また首を縦に振ってみせる。
仕様がない……俺は魔物と戦った直後でアドレナリンが出ていたのか、別に腹が減っていたわけではない。あえて言うなら一息つきたかった――というところだ。コーヒーがあるならそれだけで充分だ。
それに、ダンジョン内では何故か腹が減ったと思うことも少ないので、ミミルが食べたいというのなら――。
〈これも食うか?〉
〈んぐっ……い、いいのか?〉
慌てて口の中に残っていたサンドイッチを飲み込むと、ミミルはその赤い瞳をキラキラと輝かせ、期待に満ちた顔を俺に向ける。
〈ああ、いいぞ〉
〈わーい〉
たったひと言でミミルはパァッと花が咲くような笑顔をみせると、嬉しさで弾むような声を出して両手を
こういうところが実年齢と
真剣に話をしようとしても、ついこちらまで笑顔になってしまうのは辛い。
コーヒーを一口啜り、一呼吸入れて緩んだ頬の筋肉に気合を入れる。
〈俺の魔法のことなんだが……〉
『どうした?』
口いっぱいに玉子サンドを入れた状態のせいで、ミミルは念話で返事をしてくる。
タイミングを見計らって話しかけなかった俺が悪いな。
〈ミミルを含め、エルムヘイムの人たちは生まれたときから魔法に馴染んでいるんだよな?〉
『もちろんだ』
〈俺は魔法がない世界で三十六年生きてきたから、慣れない――いや、まだ自分が魔法を使えるだなんて思っていないところがあるんだろうな。三十六年で染み付いた固定観念と先入観が邪魔しているんだ〉
暫くもぐもぐと顎を動かし、紅茶で玉子サンドを喉の奥へと流し込んだミミルがじとりと俺を見つめる。
俺としては自分に甘えているつもりはないが、ミミルの目にはどう映っているのだろう。
〈確かに……私はエルムヘイムで生まれ育った者のことしか知らんな〉
〈ミミルもチキュウに対して先入観のようなものを抱えているようなものはないかい?〉
〈うーん〉
両手に玉子サンドを持っているからか、ミミルは視線だけを宙に泳がせる。
事前に得た知識のせいで無意識のうちに抱えているのが先入観というものだ。ミミルも何か先入観のようなものを持っていたとしても不思議ではない。
ミミルは暫く目線を泳がせていたのだが、不意に俺に目を向ける。
そして、そのままジッと俺を見つめると、玉子サンドにパクリと齧りついた。
『見るなと言った』
〈俺を見つめながら齧りついたのはミミルじゃないか――〉
ミミルの言葉は少々理不尽ではあるが、仕様がないのでため息を吐き、マグカップを手に取って口に運んだ。
『先入観は……ないわけではないな』
「――えっ?」
いや、恥ずかしそうというか……なんといえばいいのだろう。
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