第167話

 にれの木の下に到着すると、野営のための準備を始める。

 といっても、ミミルはまだ道具のことを理解していないので作業は俺が独りですることになるんだが……。


〈このテントというのは便利だな〉

〈エルムヘイムにはないのか?〉


 数日掛けてダンジョンを攻略するのが当然という世界ならテントのようなものも使っていると思うんだが、どうなんだ?


 するとミミルは空間収納から大きな布を一枚取り出して見せる。


〈この両端を木に括り付け、かどの部分を地面に打ち付けて使う。木がないところでは地面に木を突き立てて使う〉

〈ま、まあ……そういうのもありだな〉


 ダンジョン内の資源を上手く活用し、雨風をしのぐ――という意味ではいい方法だと思う。

 ただ、屋根部分しかないし、木綿のような素材なので雨だと水を吸いすぎて重みで倒れてきそうだ。


 その点、地球で買ったテントは防水加工がされているので雨の日も安心できる。

 それに、ポールも軽量化されていて使いやすく、組み立ても実に簡単。

 ミミルがテントを見て便利さを認識するほどには快適に過ごすこともできる。


 二度目ということもあり、組み立てにそんなに時間は必要ない。今回は岩場ではないので普通にペグを打ち込んで固定することができるので余計にスムーズに終わった。

 テントを組み立てると、ミミルが中に入ってチェックする。

 何をチェックしているのか不明だが、とにかく中に入って最後に〈問題ない〉とひと言だけ告げる。


 組み立て方を教えたら自分でやりたいと言うだろうか?


 そう考えてミミルを眺める。


〈なんだ、何かついているか?〉

〈いや、なんでもない〉

〈変なやつだな……〉


 ミミルはテントから外に出ると、にれの木の裏側へと消えた。

 たぶん、用を足しに行ったのだろう。


 これから夕食の準備に入るから、テーブルの組み立てや調理器具の用意などすることはたくさんあるんだが、殆どが力仕事。

 ミミルにしてもらうことと言えば、空間収納から食材を出してもらうことくらいだ。

 そもそも、俺は「自分でやったほうが早い」と思ってしまうものについては人に頼まないタイプの人間だから仕様がない。もちろん自分で経験がないことや人に経験を積ませるために作業を任せることはできるのだが、相手がミミルになるとつい庇護欲が湧いてしまう。

 これは俺がミミルに対して抱いている先入観というやつだ――俺もミミルに偉そうなことを言えない。


 折りたたみ式のテーブルを広げ、椅子を並べる。

 そして、折りたたみバケツを広げてそこに魔法で水を溜めているとミミルが戻ってきた。

 食材をテーブルの上に出すようお願いしたところ、こくりと頷いてテーブルの上に食材を並べ始める。


 夕食は朝捕れたニジマスの魚体に鯰の顔をした魚――便宜上ニジナマスと名付けた魚をつかった料理を出すつもりだ。

 そこに加えるのはプチトマト、小タマネギ、ニンニク、ブラックオリーブに唐辛子。あとは魚屋で買ってきたアサリ。

 オリーブオイルと白ワインも必須だから、一緒に並べておく。


 いまのは魚料理だから、次は肉料理にしよう。

 さっき捕れたルーヨの外腿肉をメインに、タマネギ、セレーリ、ギュルロ。あとは、赤ワインとトマトの水煮缶。

 付け合せはマッシュポテトと相性がいいから、ジャガイモっと……。


 ハーブ類はイタリアンパセリに似た香りがするリンキュマン、ローレルとタイム、バジルがあればよさそうだ……。


 あとはアンティパストになるようなもの……ミミルは雑草だと言い張るかも知れないが、サラダも必要だな。

 野菜をいくつかピックアップしたら、調味料を各種残してミミルにお願いして空間収納へと仕舞ってもらう。


〈こんな草、どうするというんだ?〉

〈食べるんだよ。身体が必要とする栄養素だからな。長生きしたけりゃ、適度に均整の取れた食事を摂らないといけないんだぞ?〉

〈いや、別に食べなくても長生きできるぞ〉

〈……そ、そうだったな〉


 ミミルの外見を見て話をすると、つい年齢のことを忘れてしまう。

 実際は百二十八歳というんだから、魔素があれば野菜はなくても生きていけるってことだよな。

 ただ、色んなものを食べてこそ、食の世界は広がるんだよ。

 新しい扉を開くためにもミミルには食べてもらうようにしよう。


〈ま、まあいい。とりあえず調理に取り掛かるからな〉

〈何をつくるというのだ?〉

〈それは見てのお楽しみだな〉

〈う、うむ……〉


 ミミルから腹の虫が小さく鳴く音が聞こえる。

 昼のサンドイッチでは物足りなかったのだろう。軽食にしては結構な量があったと思うのだが……。


〈ミミル、ここに焚き火を用意してくれるかい?〉


 焚き火台を広げてミミルの前に置く。

 先に少し口に入れてやらないと暴動を起こしそうな予感がするからだ。

 焚き火台で網を敷いたところでルーヨの背ロース肉を焼けば、文句はでないだろう。ルーヨ肉だと匂いがするようならキュリクスの肉でもいい。

 とにかく、ミミルの腹の虫を静かにさせることから始めることにしよう。

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