第158話
ギュルロは自ら動くことができる植物系の魔物であり、葉の部分で拘束しようとしてくるので面倒な魔物なのだが、とにかく動きが鈍い。
いや、俺が魔素を取り込んで身体能力が向上しているというのが大きな要因なんだろう。
――両手両足を切断して葉を根元から切り落とす。
これもまた単純な出荷作業になってしまった。
霧散したあとに残る魔石以外のアイテムは二種類。
ひとつは紫ニンジン、もうひとつは根元から伸びる葉の部分なのだが、間引いたニンジンのように細くて短い葉ばかりだった。
この葉はサラダに入れて生食することもできるし。和食なら塩水で茹でてから水で締めた「おひたし」にしても美味しそうだ。
周囲にギュルロや他の魔物がいなくなったことを確認し、ドロップした紫ニンジンを手に取る。
何度見ても紫色のニンジンだ。さっきまで動いていた魔物だなんて思えない。
両端を握り、ポキンと折ってみる。
表面は紫色、内側は普通の西洋ニンジンと同じようなオレンジ色。そして桜の花のような模様を描いている。その中心部分は金時ニンジンのように赤いのだが、地球のニンジンとは異なり青臭さは全く感じない。
軽く服で表面を拭って断面に齧りつくと、甘い林檎と蜂蜜のような香りが口いっぱいに広がり、甘みが口の中へと溢れ出す。
〈うまいな〉
〈そうだろう?〉
少なくとも日本にある紫ニンジンには似たものが無いが、この甘さと香りはジュースにして飲みたくなる。蜂蜜のような香りに林檎のような酸味も備えた甘味がある汁のせいだろう。
〈ダンジョン内で手に入る魔物肉や、こういった植物も魔素が残っているのか?〉
〈もちろん残っているぞ〉
〈ダンジョンに入って魔物を倒したことがないチキュウ人が食べたらどうなる?〉
こんなに美味いニンジンは初めてだ。
店で出すことも考えたいと思ってミミルに訊ねたのだが、ミミルはおとがいに人差し指をあてて首を傾け、記憶を探るように目線を宙に泳がせる。
〈エルムヘイムで生まれた以上、少なくとも全ての生物が魔素を浴びて生きているからな……私の知る限り、チキュウのように魔素のない場所で生まれ育った生物が魔素を取り込む前にダンジョン産の肉を食べたという記録はない〉
〈そうか、だったら危険だな……〉
ダンジョン内で魔物を一匹でも倒せば体内で魔素最適化が起こるのだが、ダンジョン産の肉や、この
地上で商品として出すのには無理があるってことだろう。
まあ、仕入れにない食材で商品出すとなれば税務署が黙ってないので今まで考えないようにしてきたんだけど、やっぱ現実的ではないな。
ということは、ダンジョン内で手に入る食材はとにかくミミルと俺の二人で消費するしかない。
目に見える範囲のギュルロは全て倒し、ドロップアイテムを全て拾い上げる。琥珀色の魔石、紫ニンジンや葉もすべてミミルの空間収納に仕舞ってもらった。
魔力視を使って周囲を探ってみても、半径三十メートル以内には魔物がいない状況だ。
〈とりあえず、このあたりは片付いた感じかね?〉
〈ふむ、なかなか頑張っていたな〉
ギュルロのような動きの鈍い魔物に対しては最初に動きを止めにいくのが良さそうだ。
このダンジョンには他にも植物系の魔物がいるだろうし、植物系でなくても動きの鈍い魔物には有効な攻撃手段として覚えておくべきだろう。
最初に飛ばした魔力強化した短刀から飛び出した魔力の刃――それをまたイメージしながら鋭く素振りをし、ミミルと共に歩く。
二十メートルほど歩くと、前方にまた魔物の反応を見つける。
魔力視だと見える範囲が狭くなるのが難点だが、植物系の魔物を探すときには音波探知が使えないから仕方がない。
魔力視を使うと、その植物の輪郭が強調される。
三十メートルほど先のところに、魔物がいる。モサモサとアフロヘアのようになった葉が頭部になった魔物だ。
途中で分岐した枝の先も複数に分かれ、丸くまとまった葉の集まりみたいなものが生えている。周辺にはまたリンキュマンもいるようで、少々厄介だ。
〈あの丸い頭の魔物は……〉
〈ルンキュマンという。周辺にいるのはリンキュマンだな〉
ルンキュマンとは、日本語だと「丸いクミン」というになる。
リンキュマンは「クミンに似たもの」という意味だったので、このあたりの似た葉の形状をしている植物系の魔物はすべて「クミン」扱いになっているようだ。
細かく比較すると葉の形などで違いがあるのだが、恐らくこの二種類はカーリーパセリと、イタリアンパセリに近いものだろう。
〈ルンキュマンは丸くまとまった葉の根元、リンキュマンはとにかく根元から切り落せばいい。攻撃してきても絡みつく程度なので、遠慮なく倒してしまうといい〉
〈承知した――サクッと行ってしまおう〉
何を作るにしても、料理に彩りを与えてくれるパセリが無いと寂しい。
今夜の料理にも使えるように集めておくとしようか。
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