第157話

 地面から這い出してきた姿は、根の部分が太くて短い胴体に、同じ色の丸くて太い腕と脚が伸びている。とはいえ全体に細い毛のような根が生えていて、美しいなどと感じることはない。

 自分が埋まっていた穴に腰をかけてその脚を組んでこちらの動きを見つめているのを見ると、なんとなく値踏みされているような気になってくる。


〈奴らの動きは速いのか?〉

〈そうでもないが、セレーリやキュメンとは違って狙いを定めるのが難しくなる〉

〈そりゃそうだな……〉


 どう考えても筋肉のようなものが見当たらないので動くことができるのが不思議なのだが、ミミルの話だと俺自身も魔素を取り込んで得た魔力で動いているらしいので、ギュルロも同じだろうと納得するしか無い。


 ギュルロが動けるというので、約三十メートル離れたところで警戒したまま対峙する。

 これだけ離れていれば、ギュルロが何かをしても対処可能なはずだ。

 念のため魔力視で周囲を確認すると、先ほどのパクチーやクミン、フェンネルに似た魔物はギュルロの周囲にはいない。

 余計な心配をせずに近接で戦うことも可能ということだ。


 さて、ギュルロに手足があって動けることを考えると、正面からエアブレードを投げつけたところで、腕や髪代わりに生えている頭部の葉で防がれてしまうことだろう。左右に移動して避けてくることも考えられる。

 横から回り込むようにエアブレードを投げても同じように前後に動かれてしまえば回避されてしまうことだろう。


〈ミミル、あれも根元から茎を切り落せば倒せるのかい?〉

〈そうだ、手足も切り落として問題ない〉

〈わかった〉


 余分な部分を切り落として形を整え、茎と葉を根元から落とす。それができれば――


「出荷準備完了だな」


 ぼそりと呟くと、ミミルが不思議そうにこちらを見上げ、首をこてんとかしげげてみせる。

 つい独り言は日本語になってしまうのだが、俺にとって自然な言葉なんだから仕方がない。


〈なんと言った?〉

〈形を整えて葉を切り落とす――畑から引き抜いた〝ニンジン〟を出荷するときのようだと思ってな〉

〈畑か……〉


 納得したような、していないような声をひとつ漏らすとミミルは黙り込んでしまった。

 まぁ、俺は目の前の魔物に注力するとしよう。


 ミミルは〝手足を切り落としても問題ない〟と言っているのだから、まずは機動力を削いでしまおう。

 問題はコラプス、エアエッジ、エアブレード……どれを使うにしても俺の場合は発動するまでに時間が掛かってしまうことにある。

 当然だが俺の手は左右の二つしか無いので、同時に発動できても二つまでしかできない。

 脚を使えば追加で二つ発動することも可能かも知れないが、魔力の刃を蹴り飛ばすとしても手でバランスを取りながらのこと――よく考えて動くようにしなければダメだろう。


 相手は見た目ずんぐりとしたギュルロ。

 そんなに機敏な動きはできない――だろう。


〈――行くぞ!〉


 ミミルに向けて断りを入れ、両手に短剣を握り前へと飛び出す。

 エアブレードの射程圏に入るまでの約十メートルで短剣に魔力強化を施すと、赤銅色の刀身が魔力を帯びて輝き、緋色に変わる。

 駆け出して四歩ほどでエアブレードの射程圏内に入ると、ギュルロの両足付け根を狙い左右の短剣を振るう。

 魔力視を通し短剣の刀身を覆っていた魔力の刃が飛び出すのが視界に捉えながら、更に距離を詰める。


 俺が向かってくることに気づいたギュルロ達が慌てて座っていた穴から出ようとする。

 だが、短剣を振り抜くことで遠心力が加わり、より高速で振り抜かれた魔力の刃は一瞬で二体へと襲いかかり、ギュルロの脚を一本ずつ切り飛ばす。

 突然片脚を失ったギュルロ二体は立っていることもできず、そのまま地面へとその顔を叩きつけ、赤子の泣くような鳴き声を上げて暴れている。

 短剣から飛ばした魔力を補充するようにまた魔力強化を施すと、ニ体のギュルロの背後に向けて更に魔力の刃を飛ばし、後方に隠れて埋もれているギュルロの葉の根元を切り飛ばした。


 約三十メートルを二秒ほどで駆け寄った俺は、倒れたギュルロ二体の近くに達していた。

 見下ろせばギュルロはなんとか立ち上がるべくうつぶせになって、そのずんぐりとした上体を起こしている。

 身体が重いのか、それとも構造的に速く動くことができないのか――のっそりと動くギュルロ二体の腕を短剣で斬り飛ばし、動くことができないただの大きなニンジンに帰した根元を切り飛ばす。


「――おっと、もう一本残ってたな」


 残った脚をストンと短剣で切り落とすと、ギュルロは黒い靄に包まれる。

 霧散して残ったのは縮んだギュルロ――紫色のニンジンだ。

 この色からすると赤ワインと同じポリフェノールがたっぷり含まれているような気がする。

 気になるのは断面だ。

 地上の紫ニンジンであれば最低でも三品種存在する。

 芯まで紫色をした「紫ニンジン」と中心部分はオレンジ色のパープルスティックという品種、あとはオレンジと紫が層になった北海道産の紫ニンジン。

 これはどんな品種なのか気になるが、先ずは他のギュルロを排除することにしよう。

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