第156話
正面から
更に、一枚ずつ投げていては時間が掛かるので、少しずつエアブレードを続けて投げるようにしていった。
セレーリとキュメンの数が多かったので、とても良い練習になった気がする。
戦法は俺に近いところにいるセレーリやキュメンを順に倒していって進むというベタなやり方になったのだが、無理せず着実に潰していくという方法は正しかったと思う。
セレーリとキュメンを倒しながら進めば、ドロップアイテムであるセレーリの茎、キュメンの種に琥珀色した土の魔石をちゃんと拾えたので、足すまでの時間にも問題はないはずだ。
そうして三十分ほどセレーリとキュメンを倒して進めば、また新しい魔物と遭遇した。
今度も草で、見た目はキュメンに似ているのだが、キュメン同様に実が生っている部分だけを刈り取ると、
葉と実は丸いが、フェンネル(茴香)の種と同じ甘い香りがするし、齧ってみると甘い香りのあとに苦味があるので、フェンネルと同じように使えそうだ。
また、若い枝葉が残されることもあり、同じように甘い香りと苦味があるのだが、葉が細長い三角形をしている。なんかこう……根元は細く、先に行けば少し幅広くなっている。
本物のフェンネルなら葉が細いのでそのまま使うところだが、刻めば同じように使えそうだ。
どうやらここはセリ科の植物が魔物化しているエリア――ということだろうか。
その後も、枝分かれした茎に三枚ずつ丸い葉の生えた魔物が出た。
実が生った部分をエアブレードで刈ったところ、三枚の葉を飛ばしてくる。
飛んでくる葉先は研ぎ澄まされた刃のようで、頬を
「――ミツバか?」
拾った葉に鼻を近づけて匂いを嗅いでみるが、残念なことにミツバのような爽やかな香りはない。
この香りを嫌う人だと「臭い」としか言わないだろう。
〈それは臭いから嗅がないほうが良いぞ〉
〈慣れれば大丈夫だよ。これは〝パクチー〟だな〉
地上だとイタリアンパセリやミツバに似た葉をしている。
因みに、コエンドロというポルトガル語由来の立派な和名が存在するのだが、カメムシソウという不名誉な名前もある……。
浅く三センチほど傷つけられてしまったが、血はすぐに止まった。
その場に残ったのは葉ではなく、また種の方だ。
ほぼ正三角錐の形をした種は、先に根元を切り飛ばすと飛んでくる……ということなのだろう。
「逆に種のある穂先を切り飛ばすと葉が飛んでくる……ってことか?」
キュメンと同じように、実が生った部分をエアブレードで切り飛ばしたせいで葉が飛んできたと考えるのが妥当だろう。
パクチーの場合、果実、葉、根のすべてを食用にできるから、この魔物も食用になる部分が多い――はずだ。
〈しょーへい、どうかしたのか?〉
独りで考え事を続ける俺を見て、ミミルが心配そうに声をかけてきた。
少し不安そうな目で下から見上げる小さな顔はいつみても可愛らしい。
とはいえ、ミミル本人はそんなに心配していないというのが本当のところだと思う。
〈いや、これも地上の野菜に似ているなと……〉
〈野菜だと? この魔物の種はまだしも、葉はゴミだぞ?〉
このパクチーという草の香りにはアルデヒド系の成分が多く含まれていて、遺伝的な理由によりパクチーの中に含まれる爽やかな香りを感じることができないらしい。
ミミルも同じということか……。
〈エルムヘイムではどうしてるんだ?〉
〈湯を注いだところに加えて香り付けをしたり、酒に漬け込んで風味づけするのが殆どだな〉
コリアンダーシードの使い方と似ているが、ミミルの話だと辛いものは食べないという話なのでカレーのような料理は無いんだろうな。
〈あの魔物の名前は?〉
〈リンキュマンと呼ばれているが意味は……〉
〈キュマンの仲間ってところか〉
〈そのとおりだ〉
川魚の扱いもそうだったが、野菜系の作物も似たような扱いのようだ。
まあ、英語では白菜のことを“Chinese Cabbage”と呼ぶくらいだから、似たような扱いなのだろう。
恐らく、いろいろと似たものがありすぎて全部「クミンに似たもの」として扱われているような気がる。
今後も似たような扱いの野菜――魔物が出てくることだろう。
〈しょーへい、あれを……〉
〈――ん?〉
ミミルが指さすその先には、地面がこんもりと盛り上がっていて、根元から太い茎がいくつも空に向けて力強く伸びていて、枝分かれした先で丸い葉が三枚ずつ開いている。
地面から少しだけ頭を出しているのは紫色の根。
〈ギュルロだな。あれは根も食べられるから丁寧に扱うように〉
〈葉の根元を切り飛ばせばいいのか?〉
〈そうだが、あれは――〉
どうやら俺たちに気づいたようで、二匹のギュルロ――紫ニンジンが地面からその身体を引き抜いて立ち上がった。
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